美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

3月5日の日録

沈丁花

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朝、8時半ごろ、痛風の薬を処方してもらいに病院に行きました。

玄関先に置いている沈丁花のつぼみが、ふくらんできています。

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午後、福岡市内から戻ってくると、ふくらんでいたつぼみがまず咲きました。ほんのり良い香りがしています。あと数日もあれば満開になるでしょう。楽しみです。

本日の運動経路

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痛風の薬を病院で処方してもらい門前薬局で受け取ったあと、求職活動のため福岡市内に出ました。帰りに、まえから目をつけていた3か所をめぐりました。

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まず「将軍地蔵堂」を訪問しました。googleマップでは「泉稲荷神社」となっています。

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泉稲荷神社は、将軍地蔵堂の本堂と、両脇の墓石やお地蔵さんの並びにあるお稲荷さんでした。

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「米一丸の塔(米一丸地蔵尊)」です。

いまから20年以上むかし、アマチュアオーケストラや吹奏楽団で太鼓をたたいていた(打楽器担当の)時期があります。そのころに九大の学生さんから「超心霊スポット」と教えられました。「ここに呼ばれた子供が近くの踏切で事故に遭った」とかなんとか……。どんな恐ろしい場所かとおもいましたが、空気はむしろ清浄で、落ち着いた場所です。

米一丸の供養塔 〜悲劇の主人公・米一丸を知る〜『歴史』 福岡市東区 〜福岡よかとこ.com〜

鎌倉時代、駿河の国(現在の静岡県)で木島長者とまで呼ばれた朝臣元直なる上級貴族が、齢四十過ぎにして念願の子宝に恵まれました。生まれた米一丸は才覚に恵まれながら成長し、二十歳の時、絶世の美女・八千代姫を妻にめとったものの、横恋慕した主君・一条殿の策略によって博多の地で夜襲にあい、命からがら逃れながらも箱崎の地で無念の自害を遂げたと言われています。

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最後に、昭和になって建てられた「田之地蔵」のお堂を訪問しました。

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JR箱崎駅まで、約40分ほどの散歩でした。