美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

飯塚市庄内元吉 天降神社


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【崇神天皇の生誕地はどこか[4・終]】田川郡川崎町川崎 天降神社 - 美風庵だより

以前、田川郡川崎町の「天降神社」を訪問しました。

福岡県神社誌を比較するとわかりますが、同じ社号なのに、ぜんぜん御祭神が違います。簡単に言えば、どこかの時点で別物に差し替えられているわけです。

しかも、その差し替えられかたがハンパではありません。おそらく原型と思われる川崎町の天降神社が、王朝背乗りの証拠物件であるのに対して、こちらは、大幡主(博多のお櫛田さん)・天之御中主(妙見様、白山の菊理姫)・饒速日(にぎはやひ、猿田彦、山幸彦)が主体になっています。

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表向きは現王朝に臣従するふりをしながら、じつはむかしの記憶を守り続けてきたのか……。一瞬そんなことを考えてしまったのですが、もしかすると明治に神社として届け出る際、祭神をこう届け出ただけなのかもしれません。

魂留産霊:玄松子の祭神記

『延喜式神名帳』宮中神の条に、「御巫祭神八座」とあって、「神産日神・高御産日神・玉積産日神・生産日神・足産日神・大宮売神・御食津神・事代主神」の神名を掲げている。

八神殿 - Wikipedia

八神殿(はっしんでん)は、天皇守護の8神を祀る神殿。
古代から中世の間には神祇官西院に、その宮中八神殿が衰退したのち江戸時代には吉田神社境内・白川家邸内にそれぞれ設けられた。現在は皇居の神殿(宮中三殿の1つ)に合祀されている。

この場合、宮中で神々の筆頭として祀られていた8神を、祭神としてあてはめた、ということになります。

おそらく、元の姿は崇神天皇(とその祖先と一族)を祀っていたものが、皇室の神ということから、日本書紀その他の文献に従い、このように変貌していったのでしょう。

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拝殿に、応神天皇を抱く武内宿禰と神功皇后の姿が描かれた絵馬がありました。

一般的な理解としてはこれで良いし、数年前まですっかり自分自身も騙されていたのですが、今になってみれば、これは崇神天皇(中筒男尊)と神功皇后の間に出来た現王朝の祖 応神天皇の姿なのだとわかります。崇神天皇と神功皇后は1世代違いますから、30歳くらい齢の離れた女性につくらせた子供を抱く姿なのです。

すると、表向きの御祭神はどうであれ、ある時期までは本当の御祭神の記憶があったとは言えないでしょうか。

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境内や参道に庚申塔や猿田彦の石碑、疫神社の石祠など、様々な神々が祀られています。この中に、合祀された神社の石祠もあるのでしょうか?読めないものも多く、この点はよく分かりませんでした。 

福岡県神社誌:上巻342頁
[社名(御祭神)]天降神社(神皇霊神、生皇霊神、足皇霊神、玉留皇霊神、大宮比売神、御膳津神、事代主神、素戔嗚神、大年神、高皇産神、大山祗神)
[社格]村社
[住所]嘉穂郡庄内村大字元吉字宮若林
[境内社(御祭神)]記載なし。
[摂社(御祭神)]記載なし。
[末社(御祭神)]記載なし。
(2021.04.29訪問)