美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

「白坂越えを歩く」は後日修正します。

この文章は、修正版を掲載次第、削除します。

経路が違うと指摘されました

7月25日、「白坂越えを歩く」を掲載したところ、日ごろの倍ほどアクセスがありました。
あくまでも明治・大正生まれの曾祖父・祖父の話をもとにしたもので、そこまで大きく間違えてはいないだろうと思い作成したのですが、どうやら白坂越えの経路そのものに誤認があったようです。
掲載後、白坂越えは「人の道」と「物の道」が違ったのでは?という指摘をいただきました。

「弥山上リ」(ややまのぼり)?

国立国会図書館デジタルコレクションに、1921年(大正11年)発行の地図がありましたので、ホームページを見て連絡をくれたある知人のもとに一部画像を印刷して持参したところ、江戸時代の巡見使(幕府の監視役)に関する史料で「弥山上リ」、「弓坂立場」「瀬戸鼻立場」で休憩し「天道町」・「飯塚宿」に向かった旨、読んだことがあるとのこと。

この弥山というのが、今でいう弥山岳なのはあきらかで、えらいところを通っていたと驚きます。

また、「立場(たてば)」というのは公設でない宿場・休憩所を指します。杖を立てて休憩するから「立場」と呼ばれるようになりました。

土師から内山田に至る県道66号の経路は、物流のためのいわばバイパス路であり、正式な秋月街道ではなかったようなのです。
そのかた曰く「泉河内小学校横の道は、舟入場に年貢米を運び込むための道ではないか」「(高低差のある)弥山を避けたのでは?」「おそらく才田まで運び千手川を水運して臼井まで運んだのでは?」とのこと。

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大日本郡分地図 : ポッケット入最新調査. 福岡県の部 - 国立国会図書館デジタルコレクション

持ち込んだ画像と、聞き取った内容を加筆したものを並べて掲載します。

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弥山岳というと、桂川町のキャンプ場側から手軽に登れる山として人気ですが、これを越えて歩く道が弥山側からあった記憶はなく、これはもう現地を訪問するしかありません。

今後の対応

いろいろ調べてみると面白いもので、船着場2か所訪問して終わりにしようかと考えていたのですが、どうやらそんなわけにはいかなくなりました。

とはいえ、休日つぶして熱射病になりに行くのも限界がありますから、何回かにわけて今後も取り組みたいと思います。