美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

愛知県名古屋市熱田区白鳥2丁目 金刀比羅神社・水天宮


大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )

f:id:bifum:20201107125537j:plain

f:id:bifum:20201107125622j:plain
f:id:bifum:20201107125617j:plain

金刀比羅社(白鳥)

熱田神宮から金山駅方面に向かう公共交通機関はいくつかあります。

毎回、中部国際空港から名鉄神宮前駅まで出て東門から入ります。社殿を訪問・参拝したら境内の神社をぐるりと回り、西門から出て地下鉄神宮西駅から金山駅に向かいます。

この金刀比羅神社は、地下鉄神宮西駅の入り口から国道を挟んで反対側にあり、以前から気になっていたのですが、今回が初訪問です。

すでに「名古屋神社ガイド」で詳しく説明されており、それをもとに現地を眺めます。

CiNii 論文 -  東京の近郊地域における稲荷信仰 : 穴守稲荷の成立と展開をめぐって

江戸時代に成立した比較的新しい神社でも創建経緯があきらかでないのはよくあることで、私がよくお参りする穴守稲荷も文化文政という江戸後期の成立でありながら、厳密には明らかではありません。これは奇異なことではなく、どうしても神社側は由緒があると喧伝したいので過去をごまかす傾向にあり、箔をつけるために伝承に尾ひれがついていくのは営業上しかたがない面もあるのです。

御神体をひろった京極氏も、殿様の血筋ではない他の京極さんだったかもしれません。

うきは市浮羽町妹川 高西郷水天宮(こせのごうすいてんぐう) - 美風庵だより

境内にある水天宮も、元々は、平家の落人が水神様の祠に旧主を偲び、併せてお祀りしたのが原型です。やがて源氏方の有馬家から取り上げられ、祭神も有馬家が信仰していた他の御祭神が加わって、現在の姿になります。

久留米水天宮から有馬家の江戸屋敷に分霊が勧請されるのは文政元年(1818年)です。

水天宮 (東京都中央区) - Wikipedia

有馬家の会計記録には「水天宮金」という賽銭や奉納物、お札などの販売物の売上項目があり、その金額は安政年間の記録で年間2000両に上り、財政難であえぐ久留米藩にとって貴重な副収入だった。

安産祈願で有名な水天宮は久留米藩にとって貴重な資源だったわけで、知名度があがって全国に分祠がつくられていきます。おそらくこの水天宮も、江戸後期の勧請でしょう。

[社名(御祭神)]金刀比羅神社(大物主命、崇徳天皇
[現住所]愛知県名古屋市熱田区白鳥2丁目10-5
[創建年]
(2020.11.07訪問)