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福岡県神社誌には菅原神社とあり、菅公を祀る天満宮なのだと思って現地に向かったところ、なんと「櫛田神社」の扁額が併せて掲げられていました。
通りかかった(というか賽銭泥棒?不審者?と思って向こうから近づいてきた)男性のかたに伺ったところ、俗明院というのは、九州各地から太宰府にやってくる人々のための宿舎兼救護所兼病院とでも言うべきものがあった場所で、その建物の名前が、そのまま地名になった場所とのことでした。明治以前は続命院と書いたものが、明治になんらかの事情で俗明院と変更されたそうで「書き間違いがそのまま国に届け出された」と地元では言われているそうです。
それ故に、太宰府天満宮の神様がお祀りされているのでしょう。もう片方については、よく知らないと前置きして、もしかするとこちらが太宰府よりも前にあったほんとうの氏神なのかもしれない、と話をされていました。
この男性の素性をお聞きすることはありませんでしたが、近隣の地禄天神社の存在を考えれば、この男性の話は理解できます。埴安命こと大幡主を祀る祭祀があって、その上に、弘仁13年(822年)、続命院がつくられた際、菅公も併せて祀られるようになったのでしょう。
福岡県神社誌:中巻65頁
[社名(御祭神)]菅原神社(菅原神、大幡主命)
[社格]村社
[住所]筑紫郡山口村大字俗明院字岸手
[境内社(御祭神)]記載なし。
(2020.09.26訪問)