美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

福岡市早良区西新5丁目 中西宮地嶽神社・浦賀神社


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福岡県神社誌で「紅葉八幡宮」の項目を読んでいると「大字西新字中西恵比須神社は祭神事代主命にして大正二年十月十六日本社移転に際し合祀せり。」とあります。どうやら紅葉八幡宮が現在地に移転する際、この地にあった一部の神社は移転先に合祀されたものの、残った神社もあったようです。

googleマップには中西宮地嶽神社とありますが、ゼンリンでは浦賀神社とあります。

現地は小高い丘になっており、境内の案内板に寄れば、どうやらこの近くに、高取焼東皿山窯があったようです。

高取焼 - Wikipedia

黒田藩の御庭焼(藩御用達の作陶場)であった高取焼は、私の実家からも近い朝倉郡東峰村(旧小石原村鼓)に、いまも残っています。

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私がまだ20代前半のころ、お茶の稽古のために小石原に出向いて「お稽古用に」と売ってもらったものです。お茶の世界から興味を失ってしまうと、なかなか陶芸に足が向かなくなります。

いまも桐箱におさめていくつか所持していますが(のちに人間国宝になられたかたの物もあります)、ほんとうは使ってこその道具なので、寝かし続けるのも良くはないのですが……。

扁額の真ん中は、宮地嶽神社ですが、正面向かって右は恵比寿神社とあり、左は屋須多神社とあります。

朝倉市甘木水町 屋須多神社 - 美風庵だより

柳川市大和町鷹ノ尾 高良神社・安田神社・白峰神社 - 美風庵だより

本家瀬高の屋須多神社は、水神(罔象女神:みずはのめ)を祀る鎮火・防火の神様ですが、甘木の屋須多神社は、大己貴命大国主)を祀るとしています。いまにして思えば、罔象女神と大己貴は姉弟ですから、けっして縁遠い関係ではありません。そして、屋須多様とえびす様(事代主)を両脇に従える宮地嶽大明神とは、嫁の神功皇后のほうではなく(むろん、子の勝村大明神・勝頼大明神でもなく)、筑紫君・玉垂命であった開化天皇御本人でしょう。

浦賀神社については、ネット情報では元々は玉依姫を祀る宝満宮であったという話があるようです。ただ、現地で鳥居や社殿を拝見するかぎり、お稲荷さん(天細女:あめのうずめ)のようにみえます。天細女の母が罔象女神ですので、この二つの神社の組み合わせは自然に思えます。

もう一点付け加えるなら、おそらくこの神社、紅葉八幡宮と対になる存在とみるのが自然です。

現皇室(崇神王朝)を祀る紅葉八幡宮が大正2年(1913年)に移転するまで存在した場所の住所は、西新町大字西新字「中東」です。この九州王朝の有力者(開化天皇、大己貴)を祀る宮地嶽神社があるのは「中西」。いわば現王朝と旧王朝を対にして祭祀が行われていたわけで、やはり西新という町は興味深い場所だと、あらためて再認識しました。

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福岡県神社誌:記載なし(発見できず?)
[社名(御祭神)]?
[社格]?
[住所]?
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.08.08訪問)