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JR日田彦山線呼野駅を利用した際、列車が来るまでの待ち時間で訪問した神社です。
福岡県神社誌を元に考えると、大山祗の二人の娘 木花開耶姫命(このはなさくやひめ)と罔象女神(みずはのめ)が中心であるようにみえます。
スサノオは罔象女神の夫の一人であり、この二人のあいだの娘 天細女(あめのうずめ)の夫が五十猛命(彦火火出見尊・山幸彦・猿田彦)です。つまり、大山祗のファミリーを祀った神社であり、おそらくは一族の末裔が祭祀していた神社なのだろうと見当がつきます。
そう考えながら石段をあがっていくと、なんと線路が横切っています。どうやら、鉄道建設にともない、参道を付け替えたようです。舗装された道を登っていくと、鳥居がみえました。
最初、これが拝殿かと思っていました。よく見ると、さらに上にもう一つ建物があり、その奥に本殿があります。なんと、舞殿(神楽殿)・拝殿・本殿という本格的な造りです。
地元のかたによる案内板を読んで、驚きました。なんと金山彦や応神天皇(誉田別命)が御祭神となっています。
以前、八岐大蛇伝承とは、大山祗と金山彦の抗争を、スサノオが金山彦に加勢して終結させたことが下敷きになっているのではないかと書きました。敵同士が祀られているということにになります?はて?
やぶ蚊が飛び交うなかじっと案内板を読んでいると、まずここは大山祗を祖とする一族の拠点だったのでしょう。金銀の採掘が行われるにあたり、大山祗との抗争の記憶が薄れ、後世、鉱山神として金山彦も併せて祀られるようになったと考えられます。そして、宇佐神宮の御神鏡はこの地で採掘された銅を原料としている旨の記載も重要です。暗に、宇佐神宮よりも古いことを示しています。
おそらく、福岡県神社誌の記載も間違ってはいないのでしょう。
現地の案内板にあるとおり、さらに鉱山神として金山彦を併せて祀るようになり、宇佐神宮との縁で応神天皇(誉田別命)も祀るようになったが、あくまでも基本は「山神社」なのです。
拝殿やその背後の本殿、横に並ぶ石祠を眺めているだけでは、到底想像もつかない深い歴史を背負っている神社でした。
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福岡県神社誌:下巻452頁
[社名(御祭神)]山神社(大山津見神、木花咲夜姫神、五十猛神、須佐之男神、弥須波能売神)
[社格]無格社
[住所]企救郡東谷村大字呼野字山ノ神
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.07.18訪問)