美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

久留米市田主丸町志塚島(志床) 熊野神社


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久留米市田主丸町志塚島地区の灰塚集落にある熊野神社を出て、次は、志床集落にある熊野神社を訪問しました。

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ここも、竹紋が本殿に打たれています。福岡県神社誌では、イザナミ猿田彦となっていますが、おそらく猿田彦は大幡主の偽装なのだろうと見当がつきます。
社殿の左右に、徳満社と池野社があります。徳満社は、大幡主の子 豊玉彦を祀る神社です。

注目すべきは、正面向かって右手の池野社のほうでしょう。

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8体の御神像が祀られています。1体だけ枠が邪魔になり、いっしょに画像におさめることができませんでした。いずれ再挑戦したいと思います。

左側の3体は、正面向かって最も左が誰かわかりません。あとの2体は、安徳天皇平清盛でしょうか。

中央にも安徳天皇平清盛が祀られています。

右側が安徳天皇を抱いて入水自殺した二位の尼、河童(九千坊)、罔象女神(みずはのめ)ということでしょうか。

この配置をみていると、河童とは豊玉彦(とその一族)であり、妃の罔象女神とセットでとらえられていたことがわかります。

みのうの豆本

九千坊物語

 いまは昔、河童の先祖はパミール山地の一渓水、支那大陸の最奥、中央アジア新琵省タクラマカン砂漠を流れるヤルカンド川の源流に住んでいました。寒さと食糧不定のため、河童たちは二隊に分かれて大移動を開始しました。一隊は頭目貘斉坊(ばくさいぼう)に率いられて中央ヨーロッパハンガリーの首都フタペストに到着し、この地に棲息しました。頭目九千坊は、瑞穂の国日本をめざし部下をひきつれて黄河を下り黄海へ出ました。そして泳ぎついたところは九州の八代の浜です。仁徳天皇の時代、今からざっと干六百年の昔です。九千坊一族は、球磨川を安住の地と定めました。 
 三百三十年前、肥後の国の城主は加藤清正でした。清正の小姓に眉目秀麗な小姓がいました。清正寵愛の小姓に懸想した九千坊は、約り糸をたれていた小姓を水底に引きずり込んで、尻小玉を抜いて殺してしまいました。清正公は大いに怒り、九千坊一族を皆殺しにせんと九州全土の猿族を動員することとなりました。関雪和尚の命乞いによって球磨川を追放された九千坊一族は、水清く餌豊富な筑後川に移り、久留米の水天宮(安徳天皇平清盛と時子二位局とを祀る筑後川治水の神)の御護り役となりました。  幕末、有馬家高輪の下屋敷内に水神様が祀られ、九千坊一族は、その近くの海に移り住みました。文化年間、有馬家は、水神様をお江戸は日本橋蛎殻町へ移し水天宮を祀りました。すると九千坊の-族も、日本橋へ転居し隅田川へ。ところが何しろ、九千匹の河童ども。中には色好みの河童もいれば、食い気ばかりの河童もいました。人畜にいたずらをする河童もあれば、水中交通道徳を守らない河童もいます。頭目九千坊より破門されたこれらの河童たちは、全国の川に散っていきました。
 江戸というところは部下の統率上おもしろくない場所であると悟った頭目九千坊。有馬の藩主に許しを乞い、古巣筑後川に帰ってきました。筑後川は餌まことに豊富である上に、筑後川沿岸や、その支流巨瀬川畔の人々は、人情こまやかで河童に対しても親切であり、まことに天然の楽土。九千坊は部下の河童どもとここを安住の地と定め、九十九峯とも呼ばれる耳納山地が眺められる、水清き巨瀬川の田主丸馬場の蛇淵を本拠とし、今日に及んでいるとか。

(九千坊本山由来記 昭和31年 福岡河童会発行「九州の河童」所載)

以前にも紹介した文献ですが、河童 九千坊(つまり豊玉彦の一族)の先祖はタクラマカン砂漠の辺りからはるばるやってきたとある点にご注目ください。豊玉彦の父は大幡主であり、大幡主の長姉が天之御中主、次姉が玉依姫(むろん神武天皇の母親のほう)ということも考える必要があります。

わざと、たわいもない話と読み飛ばせるよう仕組まれた寓話のなかに、日本を最初に支配した一族がどこから来たかが、しっかりと織り込まれているのです。

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福岡県神社誌:中巻231頁
[社名(御祭神)]熊野神社伊弉冉命猿田彦大神
[社格]村社
[住所]浮羽郡川会村大字志塚島字東内畑
[境内社(御祭神)]池野神社(罔象女神
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(2020.07.04訪問)