美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

うきは市浮羽町妹川 松尾神社


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浮羽稲荷の本殿向かって左手に社務所があり、公衆トイレを通り過ぎたさきに小さな空き地があります。どうやら公園の一部らしいのですが、空き地を南にむけて歩いていくと、赤く塗られた「松尾神社」の鳥居が見えます。
石段を下っていっても建物が見えません。こんなところに本当にあるのか……と思いつつゆっくり石段をおりていくと、目の前に5mはあるでしょうか。巨大な岩が現れました。いわゆる「磐座信仰」です。福岡県神社誌では少彦名命(事代主)を祀る松尾神社とされていますが、石祠は2つあります。片方には荷成大明神と彫られており、もう片方は視認できませんが、おそらくこれが松尾神社なのでしょう。
松尾神社醸造の神として有名なため、各地の酒造家が勧請した姿ばかりお目にかかります。そのため、本質的には大山咋(大物主)に対する信仰なのだという肝心の部分を忘れてしまいそうになります。やぶ蚊が多く長居は無用と、現地を離れ公園まで戻り、じっと椅子に座って考えてみました。

まず松尾神社の磐座からして、ここは大山咋(大物主)の一族が治めた場所だったのかもしれません。
その後、玉垂命の一族が入り、印鑰神社を建てたが、祭神には天種子命として残ります。そして、天種子命とは、大山咋(大物主)の別名でしょう。大山咋(大物主)は天之忍穂耳と市杵島姫命の子ですから、(子か孫か1世代ずれていますが)天種子命を「コヤネの孫」とする記載とほぼ合います。コヤネ(天児屋根命)とは、なんのことはない天之忍穂耳の別名だからです。
つまり、一面の柿畑となった山あいに並ぶ3つの神社は、表向きはともかく、どれも主祭神は大山咋(大物主)なのです。

では、もうひとつの稲荷神社は何を示しているのでしょうか。この松尾神社から南側の妹川地区には複数の稲荷神社が存在します。福岡県神社誌から抜粋してみましょう。
1719 無格社 稲荷神社 浮羽郡姫治村大字妹川字尼ヶ瀬
1720 無格社 稲荷神社 浮羽郡姫治村大字妹川字東園
1723 無格社 稲荷神社 浮羽郡姫治村大字妹川字笹尾
稲荷神社そのものは全国いくらでもありますから、こんなことになんの疑問があるのかと訝しがる向きもあるかもしれません。
ただ、私が気になったのはこのすべて御祭神が保食神(うけもちのかみ)とされている点です。少なくとも戦前発行の福岡県神社誌が資料収集段階だったときは、この地域が保食神の支配地だったと認識されていたことになります。

嘉麻市椎木 天神社 - 美風庵だより
すでに私たちは、天照大神卑弥呼)が月読命(のちの大山祇)に保食神を仲間に迎え入れるよう命じ、それに失敗したことに腹を立て、月読命(大山祇)と仲たがいしたことについて取り上げました。これを農水産業のプロ集団ととらえ、てっきりその頭が天細女(あめのうずめ。=豊受姫倉稲魂神保食神)なのだろうと考えていたのですが、どうも違うようです。
稲荷神社には、天細女(=豊受姫倉稲魂神)に連なる系統と、保食神に連なる系統の2種類があるのではないか?
すると、保食神の集団を月読命(大山祇)が切り殺した場所とは、浮羽町妹川地区なのでしょうか?
そして月読命(大山祇)が追放された後に進出したのが、大山咋(大物主)だったのでしょうか?
まだまだ検討しないといけない話ではあるのですが……。
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福岡県神社誌:下巻423頁
[社名(御祭神)]松尾神社少彦名命
[社格]無格社
[住所]浮羽郡御幸村大字流川字城
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.06.28訪問)