美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

うきは市浮羽町流川 印鑰神社(印鑰宮)


大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )

f:id:bifum:20200628161559j:plain

f:id:bifum:20200628161548j:plain
f:id:bifum:20200628161721j:plain

おそらく柿畑として山を切り開いた際に、道を付け替えたのでしょう。正式な参道は、ほぼ草に隠れている状況です。私も柿畑に向かう道の広い部分に駐車させていただき、印鑰宮を初訪問しました。

福岡県神社誌では「印鑰神社」となっていますが、鳥居の扁額は「印鑰宮」です。そして扁額の上には、剣花菱紋らしきものが彫られています。間違いなく、玉垂命の一族が祀られているはずです。

玉垂命は、初代住吉大明神 鵜葺草葺不合命(うがやふきあえず)から譲られた桐紋(とくに五七桐紋)だけでなく、九州王朝のほんらいの御神紋である花菱紋(剣花菱紋)も使用します。そのほかにも、孝霊・孝元・開化の3代を示す三階松紋もあります。少なくともこの3つがあれば、まず、玉垂命と九州王朝の存在を疑うべきなのです。

と、ここで話が終われば「この地に玉垂命の一族が治めた痕跡があるのだろう……」で話は終わるのですが、福岡県神社誌では、なんと御祭神を天種子命(あめのたねこ)としているのです。

天種子命とは - コトバンク

天種子命でgooleを検索すればわかりますが「天児屋根命の孫で藤原氏の祖」とされています。

久留米市大善寺町夜明 夜明神社 - 美風庵だより

藤原氏の祖」という時点で、これまで見てきた玉垂命の一族(道首名、宇太乃大称奈)と思われる人物を御祭神とする印鑰神社の性格とは異なるものです。最初は玉垂宮であったものが印鑰宮となり、さらに御祭神が天種子命で上書きされたと考えるしかないのでしょうか?

境内になにか痕跡はないか、雑草の茂る参道を降りて歩いてみると、藤棚の下に水神社がありました。福岡県神社誌では罔象女神(みずはのめ)を祀るとされているのですが、のぞきこむとどう見ても男神です。これはいったい……。

まったく理解できない状態ですが棚上げにして、次の目的地である浮羽稲荷神社に向かいました。

----------------------------------------
福岡県神社誌:中巻263頁
[社名(御祭神)]印鑰神社(天種子命)
[社格]村社
[住所]浮羽郡御幸村大字流川字東
[境内社(御祭神)]天満神社(菅原神)、水神社(罔象女神
----------------------------------------
(2020.06.28訪問)