美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

田川郡添田町中元寺 瀬成神社


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さきに紹介した諏訪神社において、開拓神 建御名方に瀬成大神が協力したとされています。
事前に作成したこの日の訪問予定リストに瀬成神社があり、おそらく瀬成大神とはそれのことだろうと見当をつけました。

瀬成神社は、諏訪神社から車で数分のところに鎮座しています。

鳥居をくぐるとまっすぐ社殿まで石段が伸びているのですが、石段が複数に分かれているのが気になります。
社殿がある土地まで一直線に上がる石段は、おそらく後付けでしょう。風化がすすみすでに明確ではありませんが、社地全体はまるで城のような構造です。いちばんてっぺんの曲輪(本丸)に社殿があり、短い坂で小さな平地がいくつか結びつけられています。最初からここに神社があったとは考えづらく、元は山城だったものを、どこかの時点で神社の敷地に転用したのではないでしょうか。

写真ではわかりづらいのですが、平地からその1段下の平地まで、坂が伸びているのがわかります。

御祭神のうち豊受姫(とようけひめ)と保食神はともに天細女(あめのうずめ)の別名です。猿田彦五十猛命や山幸彦と、こちらもいくつも名前を持っています。瀬織津姫と速秋津姫についてはこの日記で滅多に取り上げることはありませんが、はるかに難物です。後述します。

天細女は天之忍穂耳(海幸彦)と別れ猿田彦(山幸彦)の妃だった時代があります。

そのため、諏訪神社に祀られたいわゆる「出雲の神々」の協力者として猿田彦・天細女夫婦を瀬成大神として祀る神社と考えても、解釈は可能です。

ただ、それでは瀬織津姫と速秋津姫の姿がどこかに行ってしまいます。

瀬織津姫の正体は誰か、じつは私もまだよくわかっていません。通説では天照大神の荒魂と解釈されているようですし、ネットで意見をひろうと、市杵嶋姫命(いちきしまひめ:弁財天:織女神)や奇稲田姫(くしなだひめ)を充てる意見もみられます。

かりに市杵嶋姫であるとすれば、大国主の妃です。また、奇稲田姫のダンナはスサノオであり、諏訪神社では手力雄命という別名で祀られています。

市杵嶋姫、奇稲田姫のいずれををとっても(猿田彦は後世に紛れ込んだと仮定して)開拓神を男神・女神に分けて諏訪神社・瀬成神社が成立したとみることも可能です。

各地の神社を訪問しているうちに、もう一方の速秋津姫については、萬幡豊秋津姫のことではないかと考えるようになりました。すると、彼女のダンナである豊玉彦の存在も見えてきます。豊玉彦は高木大神(高皇産霊神)の娘 萬幡豊秋津姫のムコであり、豊国主・豊日別という名前も持っています。彼の父親は大幡主であり、大国主をはじめとする「出雲の神々」と呼ばれる皆さんとの関連性も十分です。

海幸彦(天之忍穂耳)と山幸彦(猿田彦五十猛命)の闘争で、豊玉彦猿田彦を3年竜宮城にかくまったうえに、自らの娘(豊玉姫)を差し出します。

おそらく、豊玉彦猿田彦の勢力が瀬成大神として、義弟である大国主とその配下の開拓に協力した歴史が、この中元寺の地の2つの神社(諏訪神社・瀬成神社)に、男女分かれて刻まれているのです。

天之忍穂耳(英彦山)の勢力拡大で上書きされる前の古層が、ここにもしっかりと残っていました。

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福岡県神社誌:下巻455頁
[社名(御祭神)]瀬成神社(瀬織津姫命、豊受姫命保食神、速秋津姫命、猿田彦大神
[社格]無格社
[住所]田川郡添田町大字中元寺字ハシ神淵
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.06.14訪問)