美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

宮若市黒丸 六社八幡宮


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明治以降に様々な神社を合祀したのだろうと思いつつ説明を読むと、案の定、大山祇・高淤加美神闇淤加美神山祇神社貴船神社を大正6年(1917年)に合祀したと記述がありました。
とすれば、御祭神は6柱(仁徳天皇応神天皇木花開耶姫神功皇后武内宿禰仲哀天皇)です。六社八幡宮の六社(六者=6人)と一致します。
一般的に八幡宮というと、御祭神は「応神天皇単独」か「比売大神(or玉依姫)、応神天皇神功皇后」のいずれかのパターンが基本です。但し「正八幡」や「元八幡」とあえて名乗るところは「八幡大神応神天皇とされる前から八幡宮でした」と言っているわけで、これらは別に考えていく必要があります。

この六社八幡宮の御祭神は、八幡宮の基本パターンに合致しません。

三養基郡みやき町白壁 千栗八幡宮 - 美風庵だより

御祭神の顔ぶれががよく似ているのは、千栗八幡宮です。千栗八幡宮木花開耶姫は居ませんが、ほかのメンバーは重複しています。
すでに千栗八幡宮で説明したとおり、八幡宮の基本型が成立する以前の過渡期の姿を反映しているとみてよく、この御祭神の顔ぶれが、この神社がいかに古社であるかを証明しているのです。

ところで八幡宮でいう比売大神とは、現在の宇佐神宮の公式見解では宗像三女神のこととされています。しかし、各地の八幡宮では玉依姫としているところも多くみられ、混乱しているのが実情です。

玉依姫を御祭神に採用すれば、崇神天皇からみて、母(玉依姫)、息子(応神天皇)、妃(神功皇后)の組み合わせとなり、八幡大神に擬せられているのは息子の応神天皇ではなく、隠された崇神天皇本人と考えることが可能となります。
宇佐神宮など喜んで飛びつきそうなものですが、ここで公式見解を比売大神とぼかしているのは、もともと宇佐神宮宗像三女神のひとり湍津姫(たぎつひめ)を祀る神社であった名残といえそうです。途中で祭祀をつかさどる氏族が変わっていくのも、そのことを示しています。

宗像市田島 宗像大社 - 美風庵だより

すでに私たちは、市杵嶋姫、湍津姫、田心姫の3人は生まれが違い、大己貴(大国主)の妃という共通点があることを知っています。湍津姫の故郷は宇佐であり、もともと宇佐神宮とは湍津姫を比売大神として祀る神社であったのが、どこかの時点で宇佐八幡宮に衣替えしたものとみるべきなのです。玉依姫と比売大神の混乱は、祭神の解釈が途中ですり替わったことを示しています。

木花開耶姫八幡宮の御祭神というのも、もしかすると似たようなケースとして考えることができるかもしれません。
六社八幡宮の元々の姿は、大山祇とその娘 木花開耶姫を祀る神社だったのではないでしょうか。やがて八幡宮で上書きする必要にせまられ、木花開耶姫を残して、すり替えを行った……。

ただ、基本型に従っていない御祭神の顔ぶれから、八幡宮が持ち込まれた時期が相当早いのはたしかです。おそらくこの地域でも古い八幡宮のひとつではないでしょうか。

福岡県神社誌にはありませんが、境内に石祠が2つあります。
おそらくこれが、合祀された貴船神社山祇神社なのでしょう。

 

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福岡県神社誌:上巻283頁
[社名(御祭神)]六社八幡宮仁徳天皇仲哀天皇神功皇后応神天皇木花開耶姫命武内宿禰、大山祗命、高丘見神、倉丘見神)
[社格]村社
[住所]鞍手郡中村大字黒丸字丸尾
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.06.02訪問)