大きい地図・ルート検索 ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )
田主丸の馬場瀬神社境内にある月読神社(さんやさま)の元宮とされる神社です。
赤貧は生まれつき左目が弱く(現在は失明しています)、子供のころ田主丸のさんやさまには祖父と毎年かよっていたものです。中学か高校のころまで、お参りしていたと思います。
先日(2月2日)、久しぶりにさんやさまを訪問し、ほかに元宮があるという事実に気づきました。すでに聞いていたのかもしれませんが、覚えていませんでした。
2月23日、田主丸町益生田の月読神社を初めて訪問しました。
この神社、福岡県神社誌には天満神社として掲載されています。境内にあった月読神社を、明治43年に本殿に合祀したとあります。さきの伝承を読めば、殿様まで信仰したお宮さんなら、そちらを前面に出すべきとも思えるのですが、隠さなければならない理由があったのかもしれません。
福岡県神社誌の記載通りであれば、境内に事代主を祀る五條神社がなければなりません。ぐるりと一周すると、あるのは仏堂です。仏像が2体あり、片方には薬師如来とあります。
五條神社というと、パッと出てくるのは空海が勧請したとされる医薬の神を祀るお宮です。どうも薬師如来ではまずいため、「薬」から無理やりあてはめたに違いありません。神仏分離政策というのがいかに野蛮な文化破壊だったかあきれてしまいます。
それを言い出すと、現在の神道そのものも、明治以降の国家神道政策でこねくり回された天皇教にほかならず、元来の祖先崇拝の姿は風前の灯ではあるのですが……。
しかしそれにしても気になるのは、仏像が2体あることです。もう片方は……。
月読は月夜見とも書き、月夜でも見える(先が見通せる)目の神様として信仰されてきました。先が見通せることから、開運の神様ともされました。さらに「さんやさま」に植木市が並ぶのは「目」と「芽」をかけて、縁起が良いとされているからでもあります。
おそらくここは病気平癒を願う信仰の場として、ずっと生き延びてきたのでしょう。
ただ、ネットを検索すればわかるとおり、月読命=大山祇の先祖はトルコ系匈奴ではないか、という説があります。
拝殿にブドウの彫刻があります。中東原産のブドウを彫刻するところにもトルコ系匈奴の出自を示しているというものです。中東といえば確かに三日月のマークのイメージがあり、月神の一族がはるばる日本に渡来してきたと考えるのも、夢があります。
Y染色体ハプログループの分布 (東アジア) - Wikipedia
実際、過去に染色体ハプログループの図を掲載したとおり、私たちのご先祖は様々な経路で、日本に渡来してきているのです。
少し調べればわかることなのに、よくこれで単一民族とかぬかせるアホが政治*やってますよね……。皇族関係者の不逮捕特権でやりたい放題の超支配者階級だから、神話を正しいと信じる以外、道はないのでしょうが。記紀を疑うなんて、自分の基盤を放棄するに等しい行為ですからね……。
----------------------------------------
[福岡県神社誌(抄)]中巻222頁
[社名(御祭神)]天満神社(菅原道真、月夜見命)
[社格]村社
[住所]浮羽郡水縄村大字益生田字南原
[境内社]五條神社(少彦名命)
----------------------------------------
(2020.02.23訪問)