美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

久留米市田主丸町常盤 日吉神社


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 2月8日の神社めぐり最初の訪問地でした。

画像右手の石柱に由来が彫り込まれているのですが、残念なことによく読めません。よじ登れなくもなさそうですが、よほど視力が良くないと上のほうは判読できないでしょう。前半は比叡山日吉権現の由来が書かれており、どうやらこの地に勧請されてきたもののようです。

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社殿は彩色が塗り替えられており、全体として手入れが行き届いています。

福岡県神社誌によれば、境内にお稲荷さんがあるはずなので探したところ、石祠がありました。勧請板と一緒になぜかエビオス錠の瓶が置かれています。花瓶のかわりに使われたのでしょうか。まさか不敵ないたずら?

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気になったのは、エビオスの瓶だけでなく、梅鉢紋とも桜紋とも言い難いこの御神紋です。おそらくは菅公を祀る天満宮なのではないでしょうか。桜紋なら大山祗(月読命)の可能性もでてきます。田主丸といえば「さんやさま」が有名ですし、大山祗(月読命)の祭祀があってもおかしくはないのですが……。

ただ、系図からいけば、大山祗の子が大己貴(大国主)で、大己貴の妃であった市杵嶋姫の連れ子が大山咋という関係であり、血縁はないのです。

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記紀では、大山咋の父は大年神とされています。また、大年神の父はスサノオで、母は大山祗の娘である神大市姫、同父母妹が宇迦之御魂神ともされています。

大年神とは熊襲の頭領のひとり天之忍穂耳の別名であり、出自の粉飾が行われたのでしょう。同父母妹の宇迦之御魂神とは、天照大神の最側近として仕えた天細女(あめのうずめ)にほかならず、天細女(あめのうずめ)の夫が天之忍穂耳です。

つまり、統率力・実力はともかく家柄だけは超格上のヨメに紛れ込み系譜をごまかした結果を、真実として刷り込まれたのが我々日本人なのです。

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近代以前の日本の人口統計 - Wikipedia

縄文時代早期、前期、中期、後期、晩期、弥生時代の推定人口は、それぞれ2万0100人、10万5500人、26万1300人、16万0300人、7万5800人、59万4900人と算出される。

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どう考えても乱交・乱婚・政略結婚・政略離婚の嵐でいまいち理解しかねる世界なのですが、これは今の1億人以上が住んでいる日本を基準に考えるのが当たり前になりすぎているからかもしれません。いまの国土に数十万人がそれぞれの部族の長のもとで開拓に励んでいた時代は、女は稼ぐ男に身を寄せ、稼げない男は野垂れ死に合従連衡は当たり前……。

赤貧のような稼げない・甲斐性がない・未来のない人間には、身につまされます……。
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[福岡県神社誌(抄)]中巻235頁
[社名(御祭神)]日吉神社大山咋命
[社格]村社
[住所]浮羽郡水分村大字常磐字松ノ尾
[境内社]稲荷社(保食神
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(2020.02.08訪問)