美風庵だより

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小郡市力武 竈門神社(玉母宮)


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この神社を訪問対象に選んだ時点で、福岡県神社誌の当該ページを読んでいませんでした。玉母宮とgoogleマップに記載がありましたが、ゼンリンでは竈門神社となっています。この時点で(母親を玉母とか普通書くかね……どんだけ神格化すれば気が済むんだ?)と完全に早とちりしていました。

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現地で案内板を見て驚きました。現在は竈門神社だが、元は山下影姫を祀る玉母宮だったとあるからです。武内宿禰と玉垂命を同一人物とするかどうかについては議論があるところですが、少なくとも玉垂命が居ては困る勢力が編纂した日本書紀を読むときと、神社を訪問する際の視点としては、同一視せざるを得ないと考えています。

もったいぶった言い方ですが、武内宿禰とあればまず玉垂命の事績だと疑ってかかって間違いないということです。

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武内宿禰 - Wikipedia

武内宿禰の生まれについて景行天皇紀[原 1]によると、天皇紀伊行幸して神祇祭祀を行おうとしたが、占いで不吉と出たため、代わりに屋主忍男武雄心命が遣わされた。そして武雄心命が阿備柏原(あびのかしわばら:現・和歌山市相坂・松原か[6][注 3])にて留まり住むこと9年、その間に影媛との間に儲けたのが武内宿禰であるという。また成務天皇紀[原 6]では、武内宿禰成務天皇と同日の生まれ(景行天皇14年、月日不詳)とする[2]。
その後、景行天皇(第12代)から仁徳天皇(第16代)までの5代に渡り武内宿禰の事績が記されている。
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過去の王朝の事績を取り込むさい、系譜を偽造したため、結果として5世代を生き抜く怪物を設定せざるを得なかったとみるのが正解でしょう。このような人物を残したことに、指示されて編纂に関わった人たちの最後の抵抗をくみ取れなければ、意味がありません。完全抹消できなかったところに、玉垂命の偉大さがあるのです。

山下影姫の神廟、つまり墓所とあります。

「玉」垂命の「母」を祀る「宮」なので玉母宮だったのが、よりによって竈門神社で差し替えられるというのは、残酷なことです。

現王朝の祖である崇神天皇の母 玉依姫で上書きされた心境は……。おそらく、墓所を守り抜くための偽装だったのでしょうが、無念だったに違いありません。

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天皇陛下御即位の垂れ幕が神殿前に下げられています。

もう片方の玉依姫はたいそう喜んでいるでしょうが……。もう少し神社本庁も考えて指示してあげればよいのに。負けた連中に配慮する必要はないということなのでしょうが。
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[福岡県神社誌(抄)]中巻199頁
[社名(御祭神)]竈門神社(玉依姫命、山下影姫命、足仲彦天皇
[社格]村社
[住所]三井郡三国村大字力武字宮ノ脇
[境内社(御祭神)]天満神社(菅原神)、成末神社(仲哀天皇
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(2020.01.11訪問)