美風庵だより

幻の花散りぬ一輪冬日の中

筑紫野市原田 若宮神社


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4日、現地をはじめて訪問したところ、社殿が崩壊していました。

どうやら火事ではないようなので、近隣の家の方にお伺いしたところ、2年前の大雨で裏山が崩れて社殿がつぶされたとのことでした。

祭神は、三筒男命と三少童神(わだつみのかみ)とされています。

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ワタツミ - Wikipedia

伊邪那岐命が黄泉から帰って禊をした時に、ソコツワタツミ底津綿津見神、底津少童命)、ナカツワタツミ中津綿津見神、中津少童命)、ウワツワタツミ上津綿津見神、表津少童命)の三神が生まれ、この三神を総称して綿津見三神と呼んでいる。この三神はオオワタツミとは別神である。この時、ソコツツノオノカミ(底筒之男神)、ナカツツノオノカミ(中筒之男神)、ウワツツノオノカミ(上筒之男神)の住吉三神住吉大神)も一緒に生まれている。
また、綿津見神三神の子の宇都志日金析命穂高見命)が九州北部の海人族であったとされる阿曇連(阿曇氏)の祖神であると記している。現在も末裔が宮司を務める志賀海神社は安曇氏伝承の地である。また穂高見命は穂高の峯に降臨したとの伝説があり、信濃にも安曇氏が進出している。
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wikipedia古事記をもとに書かれています。

おそらく明治にこの神社の御祭神を比定した時点でも、古事記を参照したのでしょう。

玉垂宮神秘書では鵜葺草葺不合命(うがやふきあえず)が住吉大明神であり、彼の実子3人と彼のもとで頭角をあらわした二人の男を加えて、住吉五神と記載しています。ひとり減るのは、鵜葺草葺不合命の子 安曇磯良が重複しているからで、実態は同じです。

なぜ「若宮」なのにこの五人なのでしょうか。ここが謎です。まず若宮とくれば、玉垂命の子である仁徳天皇を祀ると疑ってかかるものなのですが、どうもそう簡単ではないらしいのです。

あくまでも推論ですが、もとは住吉五神とその親分 鵜葺草葺不合命を祀る神社だったのではないかと考えてしまいます。

福岡県神社誌で、津古神社(八龍神社)の境内社に若宮社が記載されています。御祭神は鵜葺草葺不合命です。彦火火出見尊豊玉姫のお子さんで、八龍神社では若宮大明神とされています。おそらくこの若宮神社も、住吉大明神たる鵜葺草葺不合命を祀る若宮神社として在り、やがてさらに次の世代 住吉五神を祀る神社と移り変わったのでしょう。

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[福岡県神社誌(抄)]下巻414頁
[社名(御祭神)]若宮神社(三筒男命、三少童神、玉依姫命
[社格]無格社
[住所]筑紫郡筑紫村大字原田字前田
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.01.04訪問)