美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

2月22日の日録

今回は頭の体操をかねて、小説風にしてみました。

----------------------------------------

目が覺めてみるとまだ午前3時を少しまはつたころだつた。もうひと眠りしようかと思つたが眠れない。仕方がないので起きだしてトイレに行き、それからキッチンで作り置きの紅茶を飮む。文机の上にはCDが積まれてゐる。昨年10月の暮れからはじめたリッピング作業がまだ終はつてゐない。書棚にあるCDのあと3割ほどが殘つてゐる。作業途中の山を見ると、朝比奈隆さんのブルックナー全集が目につく。ポニーキャニオンから發賣された當初、24,000圓ほどしたもので、既に單發で4,5,7,8,9を持つてゐたものの、それらを中古屋に賣つて、セットに買ひ直した記憶がある。パソコンを起動して、このCDから取り込んだAAC形式の音樂データが2011年5月の日附であることを確認する。おそらく、約9年間このCDから直接聽いてゐないのだらう。

リッピング作業を行ひながら、CDの畫像データ(アートワーク)を入手しようとamazonを檢索してみると、どうやら2011年に再發賣されてゐる。中古で3萬近い値段で取引されてゐるのにも驚いたが、それだけ根強い人氣があると云ふことなのだらう。リッピングの終はつた端から、久しぶりにブルックナー交響曲第4番をwx-051で再生してみる。夜中なので音量は上げられないから、小さい音が聽き取りづらい。
 
7時を過ぎてからLINEとメールをチェックし、着替へて朝食を攝る。
所用のため久留米市のM氏宅に到着したのは9時過ぎであつた。
「最近のお前さんのブログだけど」玄關先でコートを羽織るかどうか奧さんと議論をしながら、私にM氏が話しかけてきた。
「むかし、久留米大學の講演會に連れて行つてやつたらう。あのとき、そんなに面白さうにしてゐる風には見えなかつたが。お前さんが急に目覺めるとは」

伝承考古学 ヤマトタケるに秘められた古代史

伝承考古学 ヤマトタケるに秘められた古代史

  • 作者:崎元 正教
  • 出版社/メーカー: けやき出版
  • 発売日: 2005/09/01
  • メディア: 単行本
 

「アレの後、偶々amazonで見つけた本があつたでせう。アレでどうもまともに見てゐてはいけないと氣づいたのです」
M氏が指示した空き地に車を停め直し、M氏の車で事務所に向かふ。
用件は小一時間ほどで終はつた。
「お前さんが以前、神埼の櫛田宮が氣に成ると言つていただらう。行つてみるか」
有難い申し出に感謝しつつ、通り道だからと佐賀縣みやき町にある千栗八幡宮に立ち寄ることを私は申し出た。
「いいだらう。あそこに行つて何を見るかだが」

f:id:bifum:20200222103403j:plain
f:id:bifum:20200222101124j:plain

M氏が千栗八幡宮の駐車場に車を停めた。私は石段の横にある宮地嶽神社を指さした。
「アレが證據です。宮地嶽よりも自分たちのはうが偉いんだと、わざとこの配置で示してゐます」
「しかしこの石段をあがるのか……」
さうM氏がぼやいたので、私は「裏の車道から行きませう」と返事をした。

駐車場に車を停めて、歩いて境内に入ると、M氏が稻荷神社の横にある砂地に目を留める。
「あの延長上に宇佐があります。あれは遙拜所でせう。若しここが最初から宇佐の別宮としてつくられた神社なら、社殿が宇佐宮を向ひてゐてもをかしくはありません。なのに社殿は南側、玉垂命が治めた土地に向かつて向ひてゐる」
「お前さんの言ふとほり、玉垂命の領地を押さへ込むためのここが宇佐宮の出城なら、なぜ横に武雄神社がある」
「それも呪ひです。日本書紀で武雄心命の子と位置づけて、彼を數段ひくい存在に貶めた。言葉は魂です。嘘でも時が經てば眞實にしてしまふ。例へば和氣清麻呂別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)と改名して流罪にする、氣に入らない奴は徹底的に潰しにかからうとするのがむかしからの倣ひ」
「果たしてさうだらうかね。徳川の殿樣は明治以降も政界に殘つてゐる。たしかに權力中樞からうまく排除はしたが、中華ぢやあるまいし、一族誅殺みたいなことはしないのが日本だと思ふがね。どうもお前さんは極端に考へすぎてゐるんぢやないかな」
 
千栗八幡宮を出て、佐賀縣神埼市役所の横に在る櫛田宮に向かふ。
縣道を走る途中、ラジオが海外で日本への出國抑制・入國抑制がはじまつてゐることを告げる。
「どうしてもつと早く中共からの入國を沮止しないんだらう」
「輸入・輸出とも中共が日本最大の貿易相手國だから、忖度してるんでせう。上客だから主席來日が大事、財界のカネのためなら國民の健康は犠牲にしてもよい、それだけです。東京オリンピックだつて強行するでせう。ただ外國は馬鹿ぢやないから、選手團を派遣しない可能性がある。さうなるともう赤つ恥」
「櫻の件をみてると唖然とするね。彼の地元で、彼を熱心に支持してゐた土建屋が倒産しかけて、彼の事務所の肝いりで地元の大學がそこの土建屋に建物の改修を發注したことがあつたらう。それでもこと切れて土建屋は倒産したが。一事が萬事あの調子。お仲間は徹底してかばふが、たてつく者は潰す。あれをまさか國政で堂々とやろうとは」
「地元があれを許してきたんだから。同じ人間が國政だつたらもつと大人しくしなきやならないなんて考へるわけがないでせう。市役所の幹部が定年後天下り出來るかどうかまで彼の事務所が口をはさんでゐるらしいし、そもそも市長が安倍事務所に居た人間です」
 
暫くNHKラジオの放送をネタに雜談を交はしてゐると、神埼市役所が見えてきた。櫛田宮はその隣に在る。

f:id:bifum:20200222111559j:plain

「ここは以前、Tさんに連れられて來たことがある。博多の櫛田宮の元宮と主張してゐるのに、祭神が違ふんだ。向かうは大幡主とスサノオとアマテラスだが、こつちはスサノオクシナダヒメ、ヤマトタケルだ。お前さんのかぶれてゐる説のとほりなら、ヤマトタケル武内宿禰であり玉垂命つてことに成る。スサノオさんとは縁がない」
私とM氏は境内を一周し、境内の案内圖を見つけた。
「印鑰神社があります。道首名を祀つてゐるのであれば、ここも一時期は玉垂宮だつた痕跡があると云ふことです。それに祇園社が別にある。スサノオさんは離れで暮らしてゐます。と成ると、殘るこの櫛田宮は、ここでも大幡主とアマテラスを祀つてゐるが、それが隱されてゐる」
「ただ、景行天皇荒神を鎭撫するためにこのお宮を建てたと案内板にあるが、それでは食ひ違ふだらう?」
景行天皇は、大足彦忍代別(おおたらしひこおしろわけ)でワケ系の天皇だから、彼が云ふ荒神は爭つた相手、つまり、九州王朝の權力者の筈で……」
「僕はもつと簡單に考へてよいと思ふ。スサノオクシナダヒメの子がナガスネヒコなんぢやないかと云ふ話があつたらう。要は朝廷に齒向かふ勢力がここに居て、それを鎭壓したんだ、その勢力の親玉がスサノオクシナダヒメなんだと……」
私達の樣子が餘程をかしいのか、乳母車を押しながら境内を横切つた若い夫婦が、M氏を一瞥してゐるのが見えた。
さすがにどこか氣まづくなり、私はM氏の車のはうを見た。それを察してか、M氏が歸らう、と私に告げた。
どこに行きたいかと訊かれ、道の途中に餃子の王將があつたのを告げる。「そんなチェーン店でなくても」とM氏は言ふが、私はM氏が餃子の王將の味噌ラーメンが好きなのを知つてゐる。
北茂安の役場を過ぎた餃子の王將で晝食を攝つた後、私はM氏宅まで一緒に歸つた。
 
M氏と別れて自分の車に戻る前に、私は徒歩で10分ほどのところにある八幡宮を訪問した。

チャイコフスキー:マンフレッド交響曲

チャイコフスキー:マンフレッド交響曲

 

歸宅する途中、iPhoneに登録してゐた「マンフレッド交響曲」を聽く。
實のところ、私はこの曲がよくわからないため敬遠してゐたのだつた。リッピング作業中にCDを發見し、久しぶりに聽いてゐる。

f:id:bifum:20200222153605j:plain

歸宅して途中ぬかるみで汚れた靴を洗ひ、玄關先で陰干しする。
tenki.jpを確認すると、明日は晴れるとのことであつた。午前中、田主丸の神社めぐりが出來ればいいが……。私はさう考へながら、とり敢へずCDのリッピング作業の續きをすることにした。