美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

朝倉市宮野 宮地嶽神社


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柿農家が作業をされている柿山を、自転車を手で押しながらあがっていった先に宮地嶽古墳があり、さらに奥に進むと、宮地嶽神社にたどり着きます。googleマップでは、高低差70mほどあったようです。11月の暮れなのに砂利道を自転車を手で押して進むだけで、汗がとまりません。
福岡県神社誌では仲哀天皇を祀るとされていますが、現地にある旧朝倉町教育委員会の設置した案内板では、神功皇后ほかを祀るとされています。旧朝倉町の設置した案内板は、福津市にある宮地嶽神社の御祭神と同一なので、そちらを参考にしたものと思われます。
宮地嶽神社仲哀天皇とは奇妙な感じもしますが、記紀では神功皇后の夫は仲哀天皇とされているため、そちらからの比定したと考えると、推測しやすくなります。高良玉垂宮神秘書には、玉垂命と神功皇后は夫婦となったとあり、子が5人いたとされているのです。死に別れた前夫 足仲彦(仲哀天皇)との間に4人の子があり、全部ひっくるめて、玉垂命の九躰王子とされます。
つまり、ここに祀られているのは、仲哀天皇ではなく、神功皇后のダンナである玉垂命なのです。
藤大臣として活躍していたころの玉垂命とその子息2名に、嫁の神功皇后を祀るのが、宮地嶽神社の原型です。記紀に配慮して玉垂命をそぎ落とし関係をわからなくさせる前の姿が、柿山のてっぺんにしっかりと残っていました。
案内板によれば、宮地嶽古墳は全長50mの前方後円墳とのことです。
玉垂命を奉斎した筑紫君の一族が祀られているのではないでしょうか。
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[福岡県神社誌(抄)] 下巻412頁
[社名(御祭神)]宮地嶽神社仲哀天皇
[社格]無格社
[住所]朝倉郡宮野村大字宮野字宮裏
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2019.11.30訪問)