美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

小郡市干潟 大神宮


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小郡市干潟 阿蘇神社 - 美風庵だより

福岡県神社誌の阿蘇神社の記載のなかに、干潟字サノコの左野子神社を大正11年(1922年)に合祀したとあります。この大神宮に隣接している公民館に左野古分館と看板があり、おそらく左野子神社と大神宮が同じものと考えて間違いないでしょう。御祭神は、天照大神とされています。

おそらくは以前の本殿に乗っていたであろう鬼瓦が取り外されて境内に飾られており、十二枚菊紋が彫られています。十二枚や十四枚は皇室にゆかりのある者が使用する菊紋であり(皇室は十六枚菊です)、ほんとうに天照大神かどうかはさておき、相当に高貴な皇族が祀られているものと思えます。

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とにかく驚いたのは、狛犬の台座などに彫られた奉賛者の氏が「福田」だらけなことです。見えるかぎり9割がたが福田なのですからただ事ではありません。

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なんと「福田美濃大蔵朝臣種次」の墓が、境内にあります。
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福田氏 - Wikipedia

大蔵姓高橋氏庶流の笠間種益の子、種次が福田を称して、福田美濃大蔵朝臣種次と名乗った。高橋氏の重臣として存続。高橋長種が天文18年(1549年)に死去した際に、大友義鑑に養子を依頼した重臣の中に福田氏の名も見える。
天正14年(1586年)の岩屋城の戦いにおいて福田民部少輔が大手口の虚空蔵砦の守備に就き、島津軍の猛攻により主君の高橋紹運と共に討死している。
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この地を治めた領主の子孫なのか、あやかって姓を皆が名乗ったのかは定かではありませんが、きちんと過去を追うことができる貴重な例といえます。

名字の由来、語源、分布 - 日本姓氏語源辞典

「福田」さんの名字の分布。 - 日本姓氏語源辞典

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福岡県内の福田姓の分布をみると、小郡市内にかなりの数の世帯があることがわかります。電話帳データをもとに姓氏の分布を表示するホームページなのですが、図にすると、街道沿いに伝播していったのが手に取るようにわかります。

少なくとも九州北部においては、現在の小郡市域に発祥があることを、果たしてほかの地域の福田さんは御存じなのでしょうか。気になるところです。----------------------------------------
[福岡県神社誌(抄)] 記載なし(発見できず?)

[社名(御祭神)]?

[社格]?

[住所]?

[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2019.11.16訪問)