美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

北九州市小倉北区須賀町 須賀神社


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じつは半分手抜きなのですが、地元のかたによる説明を引用します。

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小倉北区富野地区の史跡等

富野市民センター 名所旧跡

平安時代初期の元慶元年(877年)9月8日創建と云われている。この年、三鏡山(小文字山)に怪火があり、富野村では悪疫が流行し多数の死者がでていました。そんなある日、村人が山中で出会った童子に「我は須佐之男命の化身なり、悪疫を終わらせたくば、我が宮を建てよ」言われた。村人たちは、相談して山中に神社を建て「若一王子社(にゃっこうじしゃ)」と呼びました。すると、悪疫は治まり平穏な村になりました。
(略)
明治4年若一王子社は須賀神社に改称されました。
社殿は、昭和28年の大水害によって、流されたため、昭和47年に鉄筋コンクリートで再建されました。

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読めばポイントは理解できるかと思いますが、悪疫に対する防護としてスサノオをお祀りしたのが発端であり、この須賀神社の周囲に点在する天疫神社と、その性格がよく似ています。天疫神社は蛇神のもたらす悪疫への防護であり、この神社ではあくまでも怪火が原因だとされている点が、異なるのみです。

つまり、起点というか、創建の動機は同じものだとみてよいと思います。

明治になり、須賀神社と改称させられた名前だけに注目すると、歴史がわからなくなるよい例です。小倉城の八坂神社は、江戸時代に建てられた京都の八坂神社からのいわば「里帰り」ですから、この神社のほうがはるかに由緒正しい神社だということです。

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[福岡県神社誌(抄)] 下巻135頁

[社名(御祭神)]須賀神社須佐之男命、伊邪那岐命伊邪那美命、天之忍穂耳命、保食神、彌都波能売命、罔象女神猿田彦神、高淤加美神闇淤加美神

[社格]村社

[住所]小倉市大字富野字若一王子

[摂社(御祭神)]少彦名社(少彦名命
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(2019.10.31訪問)