美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

朝倉郡筑前町上高場 大神宮(太神宮)


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10月12日、ほんらいなら上京していたはずですが果たせなかったため、近場で神社めぐりです。

筑前町上高場の太神宮を訪問しました。大神宮ではなく「太」神宮と「、」があります。ゼンリンの誤記かと思っていたのですが、現地の鳥居のとおりでした。

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福岡県神社誌では、境内に宝満宮と英彦山神社があるとされています。そのつもりで境内をぐるりと一周してみましたが、石祠が1つと、中園天神社というお宮があるだけです。石祠には、五七桐紋と菊紋が打たれており、なかなか正体不明です。五七桐紋は、筑紫君(玉垂命)が使用した紋章ですし、菊紋も後世、現皇室が使いはじめたものだからです。

となると、宝満宮・英彦山神社・大神宮という関係だけで、推測していかなければなりません。宝満宮は、玉依姫を祀る神社です。この玉依姫は、神武天皇の母のほうではなく、宝満山で息子(のちの崇神天皇)の東征成功を祈願したほうの玉依姫です。その夫のひとりが大山咋で、大山咋の父親が天之忍穂耳という関係があります。

天之忍穂耳は、高木大神(高皇産霊神)と天照大神の娘婿ですから、大神宮・英彦山神社・宝満宮には、それなりに関連性があります。しかし、どうもそういう見方でも正しくないような気もするのです。ある一族がいて、母系・父系、または両方を祀るとき、こんな飛び石のように御祭神を選んで祀ることをするでしょうか。もっと違う見方が必要なのではないでしょうか。

中園天神社は、明治になって元の場所から太神宮境内に移築されたとのことで、天満天神・手天神・水天神・観世音菩薩を祀っているそうです。天満天神は菅公、水天神は罔象女神、手天神が大幡主のことだと、いちおう仮定しておきたいと思います。詳細は、これからほかの神社めぐりを実施するうちに、見えてくるかもしれません。
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[福岡県神社誌(抄)] 中巻22頁

[社名(御祭神)]大神社(天照大神

[社格]村社

[住所]朝倉郡三輪村大字上高場字西浦

[境内社(御祭神)]宝満宮、英彦神社
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(2019.10.12訪問)