美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

田川郡添田町野田 加茂神社

ほかの神社を訪問した際の感想をまとめていたところ、加茂大御神を崇神天皇と同一視した場合、一世代ずれることに気づきました。加茂大御神は豊玉彦かその一族であり、豊玉彦の娘である玉依姫の子 崇神天皇とは別と考えるほうがしっくりきます。豊玉彦の実父は大幡主(おおはたぬし)であり、うきは市山北の加茂神社の神職が波多(はた)氏であったことを持ち出すまでもなく、畑・秦・羽田・波多の各氏の起源であるとも説明がつくのです。ほんらいは改稿すべきなのですが、とりあえずは発表当初のままとします。
(2019.12.30追記)

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添田町野田にある加茂神社です。福岡県神社誌の御祭神を説明すると顕国玉命とは大己貴(大国主)の別名です。

阿遅志貴高彦根命(あじしきたかひこね)とは、別名 加茂大御神(かもおおみかみ)。赤貧は、崇神天皇だと考えています。

下照姫は、大己貴の娘で、崇神天皇の妃のひとりです。下照姫の母親は市杵嶋姫で、イザナギはその祖父にあたります。

この加茂神社は、加茂大御神(崇神天皇)を祀る神社というよりは、嫁の父母がメインの神社なのです。

神武東征として日本書紀に伝えられている物語の、ほんとうの主人公は崇神天皇であったと、赤貧は考えています。

神社正面左手に、金鵄の伝承が絵馬で奉納されているのをみると、因縁があると思わざるを得ないのです。

福岡県神社誌にある大山祗社はみあたりませんでしたが、境内のはずれに、三浦稲荷大明神と扁額にあるお稲荷さんがありました。細かい由緒は判りませんが、豊受姫がここに祀られている点も、少し考えてみる必要がありそうです。

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神社の裏手は、日田彦山線の線路です。赤貧は隣の公民館に駐車させてもらいましたが、「道の駅歓遊舎ひこさん」から歩いても、おそらく10分ほどで着くと思います。

こういう貴重な遺産がぼろぼろ出てくるのが、田川・京築のおそるべきところです。さすが、現在の皇室につながる英彦山のおひざ元だといえます。

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[福岡県神社誌(抄)] 下巻202頁

[社名(御祭神)]加茂神社(顕国玉命、伊弉諾命、阿遅志貴高彦根命、大山祗命、下照姫命、大己貴命

[社格]村社

[住所]田川郡添田町大字野田字社森

[境内社(御祭神)]大山祗社(大山祗神
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(2019.10.05訪問)