美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

北九州市門司区大里戸ノ上4丁目 戸上神社


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9月16日、小倉で所用を終えたあと、門司で神社めぐりを実施しました。前回、御所神社を訪問したとき、そのまま戸上神社も訪問する予定でしたが場所がよく判らず、和布刈神社を優先した経緯があります。今回は、ホームページとゼンリンで前もって調べました。

一の鳥居と二の鳥居の真ん中を都市高速道路が横切っていてなかなか異様な光景です。

神社検索(神社史研究会)

神社の由緒等については「神社史研究会」のホームページに、福岡県神社誌よりも詳細な内容が紹介されていますのでそちらをお読みいただければと思います。どうやら、皇學館大学の研究室が作成しているホームページのようです。

福岡県神社誌では創建の異説として、寛平年中(889~898)に柳ヶ浦で漁師の引き網に光玉がひっかかり、それを祀ったのが戸上神社であるとも紹介されているのですが、このあたりがバッサリと削除されているのが気になります。

御祭神が多いのは、明治になって近郷の神社をどんどん合祀(合併)したからで、合祀前の御祭神は、イザナギイザナミ、天之御中主です。御祭神を一見すればわかるとおり、もともとは妙見信仰のお宮だったことがうかがえます。

久留米藩有馬公が大里の地に船屋敷(地域では「久留米屋敷」と呼ばれたそうです。)を建てたのを縁に、久留米屋敷からの崇敬厚く、鳥居などの寄進をうけたことが由緒にあります。

なぜ崇敬の対象となったかは、たんに久留米屋敷の近郷だったからという理由だけではないでしょう。天之御中主を祀る神社だったからです。有馬公は氏神として天之御中主を奉斎しており、久留米水天宮改修の際に御祭神に加えた過去があります。もしかすると、柳ヶ浦という港の立地の良さもさることながら、天之御中主を祀る神社の存在も、船屋敷の場所選定に影響したのではないかとすら、考えてしまうのです。

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御神紋は、剣方喰(けんかたばみ)紋です。剣方喰紋については、玉垂命(筑紫君)の一族が使用した剣花菱紋の変種であると考えているのですが、大山祗(月読命)を奉斎する氏族の可能性もあります。

広い境内の、正面向かって右手に真清水池があり、池のほとりには、近郷から移転してきた神社や石祠が複数あります。

現在は大師堂などいくつかの遺構が残っているだけですが、江戸時代までは神仏習合の大きなお寺でもあったそうです。

神仏分離で整理されたであろう境内は、兼務社を引き取るのにちょうどよい空間でもあったのでしょう。

社殿はおそらく権現造なのですが、正面向かって左手に回廊と社務所があるため、おそらく上から見ると左右対称ではありません。境内社のほとんどが池側にまとめられており、社殿に近いほうから(1)姫神社(2)交通神社(3)喜代茂稲荷神社があります。
姫神が誰を指すのかは判然としませんが、どうもこの神社自体が水神様の存在を相当意識してつくられている雰囲気があり、やはりここは、湍津姫(玉依姫)や市杵嶋姫(弁財天)との関連を考えたいところです。

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池のほとりをぐるりと歩くと、まず、高倉稲荷大明神、事代主、水神などと彫られた複数の石碑が目につきます。礎石に彫られた文字を読んでいくと、もともとは近郷のべつの場所にあったものが、都市高速道路の工事にともない、ここに移転してきたもののようです。

さらに足をすすめると、今度は昭和34年(1959年)に原町区から移転してきた石祠があります。明治に合祀された神社や石祠だけでなく、さらに戦後も集約化されていったのがうかがえます。

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参道からはずれ、神社関係者の駐車場のほうへ足を向けると、井戸の上に水神様の祠がありました。
 
当初の祭神から、ここは妙見信仰の地だったのだろうと見当をつけたのですが、池のほとりにも複数水神の石碑があり、ここにも水神様があるとなると、ほんとうに最初から妙見信仰だったのか?という気もしてきます。

水神・竜神として祀られる神といえば、まず、罔象女神(みずはのめ)を考えてしまいます。

罔象女神の夫はスサノオで、イザナギイザナミの子供ですから、接点があることはあるのです。

また、罔象女神の父親は月読命こと大山祗で、天之御中主は祖母にあたります。

水神・竜神としての罔象女神からみた祖神として、イザナギイザナミ・天之御中主が揃うと考えることもできます。こうなってくると「玉子が先か、鶏が先か」に近い議論になってしまうのですが、水神への奉斎から、妙見信仰の地となり、さらに神仏習合・合祀を経て、いまの状況があると考えてみるのがしっくりくるようです。

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[福岡県神社誌(抄)] 下巻146頁

[社名(御祭神)]戸上神社(天御中主神伊邪那岐神伊邪那美神奥津日子神、奥津比売神須佐之男神、大山祇神大穴牟遅神、少名比古那神、豊日別命、宇迦之御魂神、保食神、高淤加美神、高淤加美命、闇淤加美命、罔象女神建御名方神猿田彦神

[社格]県社

[住所]門司市大字大里字戸ノ上

[境内社(御祭神)]喜代茂稲荷神社(宇迦之御魂神)
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(2019.09.17訪問)