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もとは城跡らしいのですが、秋月藩時代は、鐘楼をつくり、城下に時刻を知らせていたとのこと。いまは宮地嶽神社のちいさいお宮があります。城下を見下ろす位置に宮地嶽神社を持ってきたというのもどのような由来かわかりませんし、福岡県神社誌をみると、御祭神は神功皇后、勝村神、勝頼神と記載されていますから、すでに筑紫君(玉垂命)は消されたあとの分祀だとわかります。
ゆっくりと手をあわせたあと、しばらく拝殿横のベンチで休憩しました。
(2019.09.03訪問)