美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

朝倉市秋月 須賀神社


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 福岡県神社誌では、御祭神が奇稲田姫スサノオ、大己貴とあります。現地の案内板によれば、1154年に建立され、秋月八幡宮から移設されたものであるとのこと。

通説というか、記紀は、奇稲田姫スサノオの間に出来た子が八島士奴美神(やしまじぬみ=大八州を治める神)とされ、一説には、これは大己貴の別名とされています。ただ、私たちはすでに大己貴は大山祗(月読命)の子であることを知っていますから、これも記紀によるミスリードだと、すぐに気づくはずです。

では、もう一人の神様は誰なのでしょうか。

須我神社 - Wikipedia

じつは本家ともいえる島根県雲南市の須我神社は建御名方(たけみなかた)を祀り、諏訪大明神とされていました。国譲りで徹底抗戦し諏訪大社に飛ばされた建御名方さんです。ただ、彼は大己貴の部下ではあっても、大八州を治める神とは大げさすぎます。

もうひとつ、じつはネットで散見される見解があります。神武東征で神武天皇と一戦交えた長髄彦(ながすねひこ)とするものです。

かりに大己貴の別名であったとしても、国譲りをさせられた神様ですから、誰と比定しても、たたり神の一種ということになります。

これまで赤貧は、スサノオ牛頭天王として祀り上げるのが山笠だとずっと考えていましたが、もしかすると違うかもしれません。

スサノオ奇稲田姫の子は、長髄彦であっても建御名方であっても、崇神王朝(現皇室)と一戦交えた強者で、それを徹底して祀り上げるためにあんなことをやっているのではないか、と思えるのです。京都の八坂神社の祇園祭と、博多の山笠では血相の変わりかたが違います。それは、やはり北部九州がほんらいの高天原で、各一族がドンパチやった中心地だから、という気がするのです。

(2019.09.03訪問)