美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

朝倉市古賀 松尾宮


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松尾大社 - Wikipedia

京都にある松尾大社の御分霊を祀る神社です。もともとは肥後に祀られた分霊を、元和2年(1616年)に請願して再度分霊したものと記録にあるとのことで、おそらくはそれで間違いないことだと思います。

御祭神は大山咋で、本家京都の松尾大社では、母親の市杵嶋姫とセットで祀られています。

大山咋(おおやまくい)は別名佐田大神と言い、大国主の義理の息子にあたり、朝倉市の佐田地区(寺内ダムの上流部)に本拠がありました。

大山祗(おおやまつみ)と名前が似ているため、赤貧も昔はごっちゃになっていました。整理すると、大山祗の子が大己貴(大国主)であり、妃のひとり市杵嶋姫の連れ子大山咋に、父 大山祗が治めた地域のひとつを任せたのが彼の出世の第一歩でした。その第一歩をとって、佐田大神とされたのです。

この大山咋の子のひとりが、のちの崇神天皇であり、現在の皇室につながっています。すごい存在なのです。
 
ただ、赤貧が気になるのは「この場所を松尾宮の敷地として選定した理由は、御神木にふさわしい大楠があったからだ」という説明書きのほうで、楠があったから神社を勧請?と疑いをもってしまいます。どちらかといえば、先になにか神社があって、そこを上書きしたと考えるほうが、自然です。

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そう考えて境内を歩いてみると、田神社と荒波神社がありました。田神社については、大幡主をタノカンサー(田の神様)として祀る神社であるとすでに何回もとりあげてきました。隣の荒波神社は、どうやらお稲荷さんのようです。祠に陶器の御神狐がいくつもお供えされています。

おそらく、田神社とお稲荷さんがもとの祭祀だったのではないでしょうか。そこに醸造の神である松尾宮が勧請され、上書きされたと考えてよいと思います。

(2019.08.31訪問)