美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

田川市猪国 白鳥神社


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8月12日、最初の予定では田川郡川崎町安眞木から池尻にかけて、そして添田町の油木ダム周辺まで足を伸ばせないかと考えていたのですが、高温でアタマがふらついて来たため、猪国の白鳥神社と大祖神社までで退却することとしました。

猪国の白鳥神社は、前の仕事場にこの近くから通勤しているひとが居たので場所は知っていましたが、車を停めてなかに入るのは初めてです。坂道をあがったところに駐車場もある立派な社地ですが、背後の山からの鉄砲水で社地全体が洗い流されかけたかのような、妙な荒れっぷりに驚きます。

車道側からあがっていくと、白鳥神社の社殿のよこに、本殿より一段高くなるように盛り土された上に、須佐神社が建っています。

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須佐神社の本殿と屋根瓦を見て驚きました。木瓜紋が打たれています。高良大社の御神紋であり、玉垂命=筑紫君の紋章でもあります。つまり本殿よりも一段高い位置に玉垂宮を祀っているわけで、白鳥神社は元玉垂宮だと白状しているのと変わりません。

考えてみれば、この地は筑前豊前の境目にあたる場所であり、要衝として管理されていた可能性はあります。

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絵馬が飾られた拝殿は横に長くとられており、渡殿というより第2拝殿とでもいうべき空間が広くとられ、神輿が左右に置かれています。神が渡殿まで歩いてきて、神輿に乗って外に出られるようになっており、相当な貴人の家を模したものだとわかります。

まず先に磐座や巨木があって、それを御神体にして出来た神社と、人を祀る神社には明確な違いがあります。香椎宮をみればわかるとおり、人を祀る神社は、家屋敷の様式を取り入れてつくられます。そのなかでも皇室の行宮を模したものは、一段下に広い庭をもち、臣下や住民を集めて命令する場所があるのが特徴です。

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1692年、小倉藩主小笠原忠雄公により「鎮守大明神」の扁額と三階菱の御神紋が与えられるまでは、王太子宮と名乗っていたとのことです。

通説では景行天皇の子が日本武尊とされています。赤貧は日本武尊武内宿禰は同一人物だと考えており、景行天皇が親ではないと考えています。

一段高いところにしつらえられた「須佐神社」と称する木瓜紋のついた玉垂宮が、実際の歴史を語っているのです。

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(2019.08.12訪問)