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内裏(現・大里)という地名は、1183年(寿永2年)、この地に安徳天皇の御所(柳の御所)があったことに由来する。現在御所神社があるあたりが、柳の御所比定地になっている。享保の頃、この地に海賊が出没し、内裏の海に血を流すのは恐れ多いとして大里に変更された。1902年(明治35年)、明治天皇の九州行幸のさい、御所神社の社殿が明治天皇の休憩場所に使われた。安徳天皇の慰霊が目的だったとされる。
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安徳天皇の御所跡地と伝えられる神社です。この地域の地名「大里(だいり)」は「内裏」からきているとも伝えられています。
今回訪れるきっかけとなったのは、社殿向かって右手にある「熊鷹稲荷」の存在を知ったからでした。
同じ豊受姫を祀る神社なのに、外宮とお稲荷さんのあまりの違いに赤貧も、祀る側の民族性の違いだろうと漠然と考えていました。
先日、松崎で月姫大明神を訪ねる機会がありました。
スサノオの嫁でまず有名なのはクシナダヒメで、この二人の間の子がナガスネヒコです。
つづいて、スサノオと罔象女神との間の子がアメノウズメ=天細女=豊受姫です。
クシナダヒメの親は金山彦です。
罔象女神の親は大山祗です。
山の神同士が争い、スサノオが加担したほうが、勝利します。
有名なヤマタノオロチ神話です。
お稲荷さんがなぜ真っ赤なのか。山の利権といえばまずは鉱山と林業です。水銀は丹砂(硫化水銀)として算出します。赤黒い色をしています。また、山の木を切って火をおこし製鉄をしても、真っ赤です。地面を掘り、成長する木々を燃料にすれば新たに鉄を生み出すことが出来るし、水銀があれば、金の精製ができます。文字通り宝の山で、それを生かす技術を持つ集団は、当然、貴重な朱を塗りたくって自らの技術と財力を誇示したことでしょう。
「産みだす神」ですから、まずは日本人のほとんどが百姓だった時代であれば豊作祈願の神となり、商工業の発展につれて、商売繁盛の神となっていきます。自然に何故、転換が出来たかといえば、五穀豊穣の神ではなく、起点が「産みだす神」だったからで、受け入れられやすかったからです。
しかし、あいかわらず疑問は残ります。
何故、熊鷹稲荷大明神として羽白熊鷹と結びつくことがあるのか。
この点はまだまだ考えないといけません。
(2019.08.11訪問)