美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

朝倉市荷原 美奈宜神社

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何度もこの日記に登場している荷原の美奈宜神社です。ほぼ月参り状態でいまさら何を書くのかとも思いましたが、あらためて御祭神めぐりの観点で眺めてみました。赤貧は御神池の手前から石段と社殿を撮影するこのアングルが大好きです。

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拝殿で手をあわせると、本殿の背後にある筑前国内の式内社すべてを併せて拝んだことになります。末社は御神池の横にまとめられており、それぞれの注連縄に違いがあるところをみると、ここに集められる前に、もともとあった地域のかたが、いまも御奉仕されているようです。

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摂社で別格の扱いをうけるのは、宮地嶽神社です。石段をずっと登った先にある祠ですが、筑前国内の式内社と美奈宜神社本殿を見下ろす位置にあります。

過去に書いたとおり宮地嶽神社は表向き神功皇后を祀る神社ですが、実際には筑紫君=玉垂命御一行を祀る神社です。それが本殿を見下ろす位置に存在しているということが、この神社の性格を示しています。

本殿に祀られている御祭神は、住吉神、天照大神春日大神です。住吉神は、安曇磯良、崇神天皇、玉垂命=筑紫君であり、三韓征伐に大功あった神功皇后軍の主力部隊といえます。

春日大神罔象女神とアメノウズメと天忍穗耳(タケミカヅチ=海幸彦=草部吉見=熊襲)と猿田彦(山幸彦)の総称で、海幸山幸のケンカ相手が、お妃の血縁関係を軸に並べられている格好です。武神と水神の合体といえます。

となると、中心の天照大神とされているのは、じつは神功皇后ではないかと思えてくるのです。たぶん、間違いないでしょう。

つまり、本殿は羽白熊鷹征伐と三韓征伐を成功させた神功皇后軍を祀り、一段上の宮地嶽神社で、神功皇后の夫であった玉垂命=筑紫君を祀る構図です。

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楼門を過ぎたところに、十字の御神紋の祠があります。

赤貧のみるかぎり、龍神社、須賀神社、大神宮、宮地嶽神社はわかるのですが、福岡県神社誌の記述と照合して、高木神社・厳島神社金刀比羅宮がどれかは不明です。ただ、高木神社も厳島神社金刀比羅宮も十字っぽい紋とは思えないので、この点は今後の研究課題とさせていただきます。

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古宮跡は歩いて数分のところにあります。杉林に埋もれていますが、周りに木々がなければ、たしかにここが戦勝記念のお祀りをした場であったと言われても、納得できる雰囲気があります。

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 (2019.06.26訪問)