美風庵だより

幻の花散りぬ一輪冬日の中

嘉穂郡桂川町土師 老松神社(2・終)

f:id:bifum:20190609100251j:plain
f:id:bifum:20190609100906j:plain

前回にも書いた通り、ここに来るのはほんとうに久しぶりです。車をどこに停めようか思案しましたがよくわからず、神社の裏手の参道入り口にバックで駐車します。

内野の老松宮のようになにか痕跡はないか探してみましたが、パッと見、天満宮と言われてもわからないほど、菅公を祀る梅鉢紋の神社の体裁になっています。千木もありませんし、社殿の上に御神紋もありません。見事なほど、痕跡がありません。

f:id:bifum:20190609100511j:plain
f:id:bifum:20190609100527j:plain

境内社になにか痕跡はないか、探してみることにしました。これも梅鉢紋の石祠ばかりでどれがどれかよくわからないものが大半でした。かろうじてわかるのは、菅公を祀る菅原神社(本殿に菅公が居るはずでは?)、貴船宮、福部神社といったところだったのですが……。

f:id:bifum:20190609100608j:plain
f:id:bifum:20190609100559j:plain

「徳力組祭神 大山祇命祠」がありました。徳力は、前に触れた桂川町内山田の天神社に近い集落です。あのあたりも大山祇が支配していたとは……。

そしてそれが上書きされずに堂々と残っていることに感動します。

権力者が連れてきたどこぞの他人より、自分たちの信仰です。

その隣にある菊水紋の石祠は、福岡県神社誌に記載の摂社末社一覧と見比べてもよくわかりませんでした。菊水紋ではないのでしょうか?

f:id:bifum:20190609100735j:plain

内野の老松宮で久しぶりの大興奮を味わってしまったためか、実見しても大国主との関係を知る収穫があまりなく、あとはとぼとぼと帰るしかないか、とあきらめて社殿のなかをのぞかせていただきました。

この土師の老松宮は獅子舞が有名で、赤貧もむかし獅子舞のまわしかたの勉強に一回眺めたことがあります。ここと大分八幡宮が有名で、のちに獅子舞を再興したところは、このどちらかを手本にしています。いずれどこかでこれも実見してみると、また新たな発見があるかもしれません。

(2019.06.09訪問)