美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

奉賛金騒動

赤貧の住んでいる地区を氏子区域とする神社があります。

町内会で管理している神社は、いわゆる旧無格社であり、戦前に行政が設定した「氏子区域」をもちません。

個人的に奉仕すべき対象は、この旧無格社のほうだと感じているのですが、どうも氏子区域をもつ旧村社のほうが上位らしいのです。

その旧村社が、創建***年記念奉賛事業を行うとのこと。一部の建物を建て替えるための費用を集めるようです。

赤貧も地元で奉賛金を納めたことがあるし、高良大社、穴守稲荷ほか各地の神社の奉賛をさせていただきましたので、これ自体に文句をいうつもりはありませんでした。

ところが、どうも資料を読んでいると、ずいぶんとずさんな話にみえます。

町内会の会員のうち、借家、アパート、公営住宅の住人を除外した数で頭割りして目標額を設定しています。たいした金額ではないのですが、同じ町内や組内に、神道を認めない新興宗教信者や某破壊主義政党の党員のかたもおられます。なにも考えず割当てられたら、この人たちのぶんを立て替えて上納しなければなりません。

どうも過去の話を聞くと、立替上納をやっていたらしい。つまり思想信条として払わないと拒否するひとが周りにいれば、その分は近所がバチをかぶるわけです。

かりに非協力者がいたとしても、全体として応分に負担するのであれば、わかります。近所だけでバチをかぶれとか、どこの五人組でしょうか。

また、空き地や空き家も町内会費を納めていれば会員として登録されていますが、実際には住んでいません。出て行った人間に奉賛しろというのは、なかなか理解が得られにくいでしょう。実際、「土地が売れたら買ったものから奉賛してもらえ」とつれない返事をした者も居ます。それを「親が聞いたら泣く」と古老はなげきますが、その土地に愛着がなければ払いません。「固定資産税がきついし、戻る気が無い」といって売りに出している者に、郷土愛をもとめるほうが、どうかしています。

と、そんなわけで、「住んでいる人間の数を基準に所要額を割り振り直せ」と求めているのですが、どうも、そういう発想が出ること自体が古老には信じられないようです。

www.courts.go.jp十数年経ちますが、鳥栖で町内会費から神社管理費を差し引いて納めることの是非が裁判で争われたりしたわけで、もし相手をご立腹させて、町内会が勝てないケンカに巻き込まれては困るわけです。働いたうえに、弁護士費用の損までかぶることになる。

奉賛会役員の顔触れをみていると、元上場企業幹部も居れば、旧帝大卒も居ます。はるかに立派な面々です。リスクヘッジのできない方々ではないはずです。

おそらく、商売人や代々続いた百姓の多い土地柄、隣近所の相互監視と見栄の張り合いで、簡単に集金できた時代があったのだと思います。30年前の資料などをたまにひっくり返して眺めますが、当時の羽振りのよさは、今と比べようもありません。

ところが、若い人は仕事を求めて外に出て、戻ってくるのは定年退職後です。蓄えがあるので払えるのは払えるでしょうが、年収のピークを過ぎてから戻ってくるのです。

なぜ、ここに思い至らないのか謎でしたが、この議論をしたあと2週間ほど世間を眺めていて、気づきました。いま、奉賛事業を企画して音頭取りをしているひとたちは、自分たちの黄金時代を基準に世の中を見ています。「こんくらい払えろーも」の感覚です。

むろん、払える人のほうが多いのです。そこは間違っていません。

ただ、いくら伝統や文化の重要性を言われても、「なぜトラブルの引き金をひくとわかっていて新興宗教や破壊主義政党の党員にお願いに行かないといけないのか」「すでに住んでいないひとにしつこくお願いしないといけないのか」という点は、解消しません。
新興宗教は、既存宗教では満足できない層が乗りかえるのであって、その既存宗教側からの要求は足蹴にするに決まっています。破壊主義政党の党員に伝統と文化を説けば逆上されます。彼らが妥協するのは、ご近所付き合いの一点のみ。これを重視しない人であれば、払うわけがありません。

まぁ、時代感覚を身につけるためにも、いっかい訴えられてみなければ、わからないのかもしれません。2週間議論して結果がこれか、という気もしますが、田舎はこんなものなのでしょう。

しかし、そんなにわかりにくい話してますかね……やれやれ。