美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

内宮と外宮を訪ねて(3・終)

そのむかし崇神天皇というひとが居ました。崇神天皇が、それまで宮中で祀っていた天照大神と大三輪神を外で祀ることに決めました。

神宮の歴史・文化|神宮について|伊勢神宮

元伊勢の伝承が各地にあることを、神宮は隠していません。
ふつうに考えれば、自分の祖廟(先祖を祀る神社)を、追い出したりはしません。各地に転々とさせることもしないでしょう。
つまり、この崇神天皇の時代に、新しい王朝がはじまったとみてよいと思います。

崇神天皇 - Wikipedia

調べればすぐわかると思いますが、彼は、御肇国天皇(ハツクニシラススメラミコト=初めて国を治めた王)という称号をもっています。この称号を持つのは、漢字は違いますが神武天皇と彼だけです。神武天皇の場合は、始馭天下之天皇と書きますので「天下を始めた王」という意味になろうかと思います。

学者は万世一系の枠のなかでこの2つの違いを表現しようとしていますが、とんでもない。神武天皇や筑紫君や大国主といったそれまでの流れと違うところから、新しい王朝が出てきたのです。

いっけんわかりにくいのは、この崇神天皇も含めて新しい王朝のメンバーは、いままでの4派閥でやってきた邪馬台連合のいずれかに出身母体があることです。国号を変えたわけでもないし、どこかの国のように王族をすべて抹殺するようなこともしていませんが、卑弥呼以来、あらためて統一国家を志向しはじめたのが、彼なのです。実質的な王朝交代、と言ってよいでしょう。

そのとき、天照大神も筑紫君もごっちゃになっています。花菱紋を持つものが、君の証だからです。「君」ではないため、天照大神豊受姫も、花菱紋は持っていません。だから、筑紫君の花菱紋を盗用し、これらすべてをひとまとめにしています。

おそらく、そのときに別に、大国主をはじめシロヒワケのグループに居たひとたちを祀り上げるためにできたのが、出雲大社です。

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出雲大社 - Wikipedia

また、出雲大社の社伝においては、垂仁天皇(注:崇神天皇の子)の時が第1回、斉明天皇の時が第2回の造営とされている。

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この崇神天皇というひとは、四道将軍といって、全国を統一するために軍隊を派遣することをやっています。このひとが居なければ、日本はまた違う姿を示していたかもしれません。

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バスで内宮にまわりました。バスで移動しているあいだは雨がやむかに思われましたが、現地に着くとまた降りはじめました。内宮は、五十鈴川のほとりで手を洗うことができます。ちょっと違う体験ができると期待していたのですが、雨で増水しており立ち入り禁止とロープが張られていました。

内宮を石段の下から撮影しようとすると、いきなり雨風が強くなります。合羽を着たうえに傘までさして熱心にお参りしているひとたちが、千円札や一万円札を惜しげもなく箱に放り込んでいるのをみて、驚きました。家庭に戻れば、この人たちもちょっとでも安い買い物をしようと四苦八苦して生きているはずなのです。どうも神宮は、別格の人間が来るところなのだと、あらためて感じました。

また来ることがあるかと訊かれたら、何十年後かに気が向いたらあるかもしれません。

帰りは運賃がもったいないので、鈍行と急行を利用しました。特急と違い急行は1時間に1本のため、伊勢中川駅まで、鈍行を利用しました。

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学生さんが乗り降りしている姿をなにげに眺めていると、斎宮駅(さいくうえき)と、車掌さんがアナウンスしているのが聞こえました。漢字がパッとひらめかず駅名標を見ると、「斎宮(いつきのみや)」です。駅の横には、斎宮で町おこしを図る公共施設まであります。驚きました。鈍行で10分ほど走る場所に、代々の天皇が皇女を仕えさせた斎宮があったのです。googleマップで見ると、だいたい15キロほど離れています。

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てっきり内宮か外宮のどちらかに常駐していたのだと勘違いしていまして、歩いたらおそらく3時間以上かかるところにあるとは思いもしませんでした。

そもそも祖先のお祀りを遠いところに追い出す時点で謎ではあったのですが、過去の王朝の祖廟なら、こういう扱いでも納得がいきます。

米も魚も野菜も自給自足、塩も塩田があって自家製の奉仕ぶりも、もし祟り神の本性をあらわしてこられたら、いまの皇室がひっくり返ります。だから徹底して祀りあげているわけです。

式年遷宮も20年ごとに数百億円かけてやらないと、粗相があったらひっくり返される。

ただ、祟り神に天下をひっくり返されて困るのは崇神天皇の血をひく「皇室」であって、それ以前から日本、倭国、ヤマト、邪馬台国、どんな呼び名でもかまいませんが、この国は存在していたのです。そして、かりに皇統が絶えたとしても、この国は続いていくでしょう。次はなんと言う王朝かはわかりませんが。

明治になるまで天皇親拝がなかったのは、こう考えれば不思議でもなんでもありません。

 (2019.06.15訪問)