赤貧の本家筋の家は、日田市内にあります。出自についての言い伝えがあるのですが、個人的にはどうも江戸時代に代官所に出仕した際にかなり創作しているのではないか、と疑っています。それがきっかけでいろいろ調べてはいたのですが、ここ最近はいよいよはまりこんでしまい、いつのまにか神社マニア、古代史マニア化してしまいました。
赤貧が内宮・外宮に興味をもたなかったのは、出自を探る旅においてほぼ接点がなかったからです。
と言っても、最初から無視していたわけではありません。大学を卒業したときと、社会人になって社員旅行で、過去2回、外宮・内宮を訪ねています。
どうやら信心が足らないようで、巨大建造物を眺めにいった以上の感想を抱くことはありませんでした。どうしてこうも前に進まないのかと思ったら、鳥居をくぐるたびにほぼ全員が頭を下げ、さらに足をすすめれば賽銭箱の横で祝詞を唱える人が集団で居たりと、なかなかほかの神社で目にできない異様な光景が広がっていることも、どうもピンとこなかった原因な気がします。
先日、福岡県久山町猪野にある伊野皇大神宮にお参りし、さらに山口市の山口大神宮をお参りする機会がありました。
この日記でも書いたとおりなのですが、考えるほどどうもわからない。いずれ本家本元にも再訪せねばならないだろう、そう考えていたところにゴールデンウィークの代休がいただけるとのことで、思いきって名古屋から伊勢まで足を伸ばしてみました。
15日、行きは近鉄名古屋駅から近鉄特急を利用しました。津駅を過ぎたあたりから雨が本降りになり、伊勢市駅の参道では横殴りの雨でした。信心のかけらもない見学者がのこのこやってきたことを、神様はお怒りになられたのでしょう。
愛用しているmont-bellの折り畳み傘がいくら丈夫といっても風がこうも強いと話になりません。菊一という刃物やお土産物を売っているお店の軒先を借りました。ふと見ると、なかなか立派な麻製の魔除けが置いてあり、「知人がお店をやっているので玄関に飾りたい」とお店のかたに申し出て、ひとつ売っていただきました。旅というのは、ほんとうに出会いがあるものです。
店というところはいろんなかたとの出会いがなければ成り立たないし、出会いがあってもそれがすべて良い出会いとは限りません。客商売の場合、客を招く神棚だけでなく、こういう浄め祓いの道具もあわせて置いておくとよいのです。
前の仕事場でお世話になったかたのご家族がされているお店の住所をLINEで尋ね、宅急便の伝票を自分で記載し、お金を払って店をでました。
風は落ち着いてきたのですが、あいかわらず降っています。敬遠されるにもほどがあります。
ja.wikipedia.org結論から言うと、この20年、相当な勘違いをしていたようです。御神紋が「花菱」と知っていれば、ここが何者なのか、すでに気づかなければいけなかったのです。
うかつでした。
(つづく)