美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

借家を解約する。

赤貧は小学校のときに親が離婚しています。
実母の母親(つまり赤貧の母方の祖母)が死亡し、ひとり暮らしになってしばらく経ってから、戸籍上の母親が「甘木に引っ越す」と言い出しました。不動産屋に行き、近所のアパートを契約したのが、2013年の5月だったかと思います。6月に引っ越してきて、約6年が経過しました。
この6年、彼女は仕事もせず親の遺産+年金でまいにちぶらついていました。そういう生活を送っていると、行動を怪しむひとがおり、本人が言うには夜中にのぞき込まれたりしていたそうです。

ただ、正直なところ、ほんとうにそうだったかはわかりません。赤貧が居るときに出くわしたことがありませんし、相手が住んでいる家だと彼女がいうアパートに投書をしたりしてみましたが、相手が驚いて不動産屋と赤貧に苦情をいう始末。趣味の絵描きにときどき出かけるくらいで、家のなかに居る時間がおそろしいほど長く、そのあいだなにも刺激がありませんから、もしかするとボケはじめたのかもしれない。

……検査を受けさせるため、彼女の姉に助力をもとめたところ「私は彼女の面倒はみません」とぴしゃりと断られました。すごい兄弟関係があったものです。

ごたごたに嫌気がさし、4か月ほど放置しておいたところ、どうするのかは知りませんが、アパートを解約したいと不動産屋に申し出があったとのこと。不動産屋の喜ぶ声を聞くと、そうとういろいろなクレームを入れていたのだと察しました。おそらく「私を襲うつもりだ」と名指ししていた相手の男も、そんなつもりがないただのご近所だったのかもしれません。俗にいう被害妄想というやつです。

いまのところ、次のアパートの契約者になれ、とか、保証人をやれ、といった話はありませんので、おそらく赤貧に「私は関係ない」と言い放った姉がどうにかするのでしょう。
 
しかし。赤貧が小学1年生のときに家を出ておきながら、よくまあ頼ろうという気になったものだと思います。赤貧だったらおそろしくて言えませんけどね……。
 
この6年、といっても月1回程度ですが顔を眺めていて感じたのは、仕事をしなくなるとほんとうに人間は自己中心主義になるものです。社会との接点がないだけ、自分の話しかしなくなり、自分のしてきたことがいかに間違いではなかったかを、延々と繰り返すようになります。要するに話したいのですが、話せる中身がないのです。

アパート代を集金に行くとつかまって延々と話を聞かされるのがなかなか苦痛だっただけに、やっと解放されたという気がします。
世間にこの話をすると「親でしょう?」と驚かれます。しかし、実感がないものはどうにもなりません。いっしょに暮らしてきたのは祖父母であったり、叔母であったりしたわけで、彼らに対しては、真面目にやらないといけません。ただ、調子がよいときは飛び出して、ほかの男と仲良くしておきながら、その男と別れ、実母が亡くなったら、こちらに振り返るのが、人間としてどうなのかな、という気はします。前の仕事場の時代だったら、世間体があるので露骨な真似はできなかったと思いますが、もうそういう縛りもありませんから、多少、気楽ではあるのですが。