美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

鶴岡八幡宮と亀岡八幡宮

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2日、穴守稲荷の初午祭にお参りしたあと、鶴岡八幡宮に御神札をいただきに行きました。

もともとは熱田神宮が発祥らしいのですが、神棚に3つお札を祀るとよいという主張があります。向かって左がお気に入りの神社、真ん中が神宮大麻、向かって右が地元の氏神様というあれです。
赤貧も最初はそういうものだと思っていたのですが、齢をとるにつれてだんだん従う気がなくなりました。そもそも氏神とはなにかというと、直接には明治4年の「氏子調」で人口1,000人に1社、当番の神社(地域)を割り当てたものです。神社本庁はそれ以前からのつながりがあるかのように説きますが、氏族の神と土着の神がごっちゃになった決定打は、この政策です。それに神宮は皇室の祖神を祀る祭壇であって、一般人にはほんらい関係がないものです。ただ、皇室が経済的に窮乏した時代があり、そのときに収入確保のため一般大衆の参拝を受け入れるようになります。神社参りの代名詞「伊勢講」です。背景を考えるともともとは私的な皇室の祭礼施設であって、足を踏み入れてはいけないことがわかります。全国民は天皇の赤子であるとされた時代ではありません。神社本庁は、神宮を本宗とする神社で構成された法人ですから、神宮の権威を貶めるわけにはいきません。日本書紀には、神宮よりも前に三輪神を祀る祭礼施設が存在したことが書いてあります。神宮が神社の発祥ですらないわけです。
赤貧の神棚は、結果としていろんな寺社の御札が入っています。中心に高良大社、美奈宜神社、大己貴神社の御札を置いて、その左右に、地元の祇園様(須賀神社)、香椎宮、八代妙見宮、伏見稲荷熱田神宮鶴岡八幡宮……といった感じです。
自分が行ってみて、雰囲気が気に入ったところから御神札を授与してもらい、それをお祀りする。次に行ったときに、新しいものと交換する。
無理にかたちにとらわれず、それで良いのだと思います。ただ、数は増えるので神棚はパンパンになりますが(しかも純金のインゴットまで入っているし)。
 
観光客が増えると、どうしても雰囲気が荒れます。外国人観光客は祭礼施設ではなく観光地として訪れているひとが多く、信仰や崇敬の心がありません。そういうひとが増えると、どうしても雰囲気が悪くなってきます。若い人でも「パワースポット」と称して、ご神木などにペタペタ触ったりするひとが居ます。
ご神木に注連縄があるのは、ここからは神の宿る場所だという宣言です。他人に家の玄関や窓をペタペタと触られてうれしいわけがありません。注連縄はそれを飾る信者と神職以外は、触ってはいけないのです。
 
昨年8月はあまり状況が良くなくて、しょうじき今回もどうなのかなと思いましたが、比較的人出が少なく、落ち着いて参拝することができました。社殿の横にある、もともとこの地に祀られていた地主神のお稲荷さんも、初午祭ということで参拝客が多くみられました。あいかわらずもっとも雰囲気が良いのは、宇佐神宮遥拝所と、社殿から離れたところにある祖霊社です。祖霊社には警備員が居て、あまり長居はできませんが、おそらく本殿と変わらないくらい、重要な施設だと感じます。
ちなみにこの地主神のお稲荷さんの鳥居に、奉納主が蛭子能収となっているものがあります。路線バスの旅も終わり、蛭子さん、元気にされているでしょうか……。

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行きは途中からJRを利用しましたが、帰りは混むのが面倒で、逗子駅新逗子駅間を歩いて、京急線穴守稲荷駅まで戻りました。
新逗子駅に向かう途中の亀岡八幡宮に、今回もお参りしてみました。地域のひとに守られた神社という感じで、これはこれでよいものです。