美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

八代妙見宮と霊符神社

赤貧です。
年があらたまったこともあり、26日、宇城市松橋の某所にご挨拶に行くことにしました。用事が終わり「この近くに大きな(有名な)神社やお寺がありますか」と尋ねたところ、徒歩10分ほどで松橋神社というのがあるというのを教えていただきました。

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歩いて現地に向かうと、途中でモスバーガーの看板を発見しました。
朝、家をでるときにサッポロ一番みそラーメンをひとついただいただけで、昼飯をいただいていませんでした。
フィッシュバーガーとポテトのセットをいただきます。

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どうやら「松橋熊野宮」という名前からして、和歌山の熊野三山熊野権現)か、島根の熊野大社のどちらかを勧請したとみえます。

神職のご奉仕する立派な神社ですが、神職は神経質な方なのか拝殿の中まで注意書きがあるのは、ちょっとどうなのかな、という気がしました。怖いのは地震のせいか石垣が崩れかかっている点です。

松橋までくれば、八代は車で20分ほどで着きます。

昨年10月以来ですが、八代妙見宮と霊符神社にお参りして帰ることにしました。

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霊符神社の由来などは以前日記で触れましたので書きませんが、大正時代につくられた石段をあがると、昭和50年代に整備されたまわりに花やニワウメが植えられた歩道にたどり着きます。

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さらにあがっていくと「再建記念碑」と鎮宅稲荷社があり、その上の敷地に霊符神社があります。記念碑には皇国最初とあります。亡命してきた朝鮮の王族が鎮宅霊符をはじめて伝えた地とされていることによるもので、この神社は明治の神仏分離政策で邪宗とされいったん廃絶されましたが、大正時代に再建されました。麓の自販機で買った缶コーヒーを飲みながら休憩し、落ち着いたところで祝詞をあげてお参りしました。

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霊符神社から下山して、八代妙見宮にお参りします。妙見祭で使われるさまざまな神具や道具が飾られています。以前から一度は、八代妙見祭とやつしろ全国競技花火大会を見に来たいと思っているのですが、なかなか機会がありません。

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今回は、八代妙見宮と鎮宅霊符神社の御神札をいただいてきました。神棚でおまつりしようと思います(いったい何枚神棚に御神札はいってるんだか……)。