美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

神仏分離とはなんだったのか。

http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-561.html
 
この記事を読むまで、神仏分離政策についてはタリバンの仏像破壊に通じる文化破壊の側面しか考えたことがなかった。
いっけん無茶に思えるが、明治政府が実行できたのはそれが支持されたからで、それが支持されたということは、それ相応の理由があることになる。皇室や幕府に庇護され厚遇されたことに対して、やっかみや恨みつらみが相当あったのだろう。
ただ、問題はいまの姿がむかしからの姿であったかのように刷り込まれ、歴史が塗りつぶされていくこと。そういう意味では、日帝残滓の一掃で歴史改ざんしている某国を果たして笑えるのか、と思うのだが。
 
そう考えると、宗教美術の流亡を嘆いたのは外国人だったというのを、当時の日本人の見識の低さと考えてはいけないことも、わかってくる。要するに、政権を支持した一般人にはどうでもよかったのである。
皇室や幕府・殿様に庇護された、ある種の公的施設として社寺が存在する。そこには公的資金が投入され、御用絵師や御用工芸家が分業で参画する。現代の公共建築と構図はいっしょで、そこまで愛着はなかったと考えるのが正しいだろう。
けっきょくのところ、つぶれるべくしてつぶれたと言うべきか。