松村かえるの「かえるのねどこ」

旧「美風庵だより」です。

お米の消費量が増える要素があるか

赤貧です。お米の消費量は昭和30年代をピークにいっかんして減り続けているそうです。赤貧も朝はそうめんかうどんで、ご飯をいただくのは昼と晩の2食だけです。
むかしまだ若かった頃、どこまで本当なのかは知りませんが、こんな話をききました。
 
大昔、重機も自動車もなくすべてが肉体労働だった時代、玄米食で必要なカロリーやビタミンを摂取することができた。現代、当時と同じ量のごはんだけを食べているとカロリー過多になってしまうが、みんなが肉体労働していた時代は、玄米ご飯を食べていれば大丈夫だった。江戸時代になり、かまどの薪を買う都市生活者層(要は、江戸や大坂の都市住民)が登場する。彼らには火のとおりのよい白米が人気があった。薪を節約できるからである。
精米することでビタミンやミネラルを多く含む層を捨ててしまい、脚気などのビタミン不足からくる病気が流行することになった。自分たちが炊飯しやすいという理由で捨てていた部分に、必要な栄養価の大部分が含まれていることに気づくのは、明治になってから。数百年間、原因不明だった。
現代は、朝から晩まで肉体労働をするなどという環境はないし、手間ひまを考えると玄米食を常食することも難しい。完全に人間が生きる環境が変わってしまったなかで、米を食べる量をそのまま比較しても意味がないのではないか。
 
これを話してくれたのは年配のお医者さんでした。
23日、仕事が終わってから所用で小郡方面に向かっていたのですが、数年前にはあった医院の建物そのものが取り壊されており、どうやら後継者もなく廃院となったようでした。
少し気になったのは、県道の反対側、むかし駐車場として利用していた土地に、違う名前の消化器内科医院が開院していたことで、もしかするとオムコか養子さんかもしれませんが……。
お米はそれだけですべてを賄うことができる食品ではなく、あくまでもカロリー摂取の一手段となってしまっていますから、それだけ地位が低下したのはしょうがない気もします。食の多様化といえばなにかそれっぽく聞こえますが、じつのところ、食品としての優位性を捨てた結果でもあるといえるのです。