美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

初詣とは。

赤貧です。
 
問い合わせがあったのでここで書いてみることにします。
初詣を全国的にやるようになったのは、明治に入ってからです。
それまでは、一家の長が12月31日から1月1日にかけて寺社で過ごす「おこもり」や、1月1日の日の出を迎えたあと、その年の吉方位とされた方角にある有名寺社にお参りする「恵方参り」といった風習が、各地で行われていただけでした。
恵方参りについては、のちに某コンビニが広島から火をつけた恵方巻のヒントでもあります。
そのようななか、初詣を仕掛けたのは、私鉄でした。鉄道会社が沿線の有名社寺に参拝客を引き込むためにかんがえついたイベントが、初詣だったわけです。やがて、この動きは全国にひろまり、いまでは初詣という風習が、さも古来からあったかのように誰もが考えています。
 
そう考えてみると、あまり堅苦しく考える必要はないことに気づくでしょう。
本人の心持ちとして、元旦に行きたいと思えば元旦に行けばよく、空いている期間を狙いたければ、三が日を外せばよいのです。どこも1月7日ごろになれば、だいぶ空いています。
 
ただ気をつけるべきは時間帯で、参拝するのは原則、日の出から日の入りまでです。元旦のように神主が居て、ほかの参拝客が居る状態であれば問題ありませんが、寺社に限らず夜中の誰もいない場所は、なにがひそんでいるかわかりません。
あと、神棚に御神札をいただいている場合も、注意が必要です。新たに授与をうけるほうは問題ありませんが、古札を納めるときは、必ず神主が居る神社で日中に行うようにします。以前、或る久留米市内の神社に古札入れがあったため「わざわざ行かなくてもここに返納すればよい」と、古いお札を複数おさめたところ、帰りの電車の途中で雨が降り、下車するころには得体のしれない肩から背中にかけての痛みがあり、えらい目に遭ったことがあります。ちゃんと焚き上げができる神主さんが常駐している寺社に持っていきましょう。ちなみにそこの神社、年初のみ地元のかた(氏子)が焚き火に古いお札をくべておられます。このときにその場ですぐ焚き上げてもらったときには異変はありませんでしたから、やはり、天にも帰れず置き去りにしたことへの罰だと思われます。
 
お賽銭の金額については、5円=御縁といった縁起担ぎに走るもよし、奮発するもよし。むしろお賽銭より、年始のみに授与する縁起物で気に入ったものがあれば、いただいて帰るほうにおかねを使いましょう。
 
最後に、初詣に行くのはどこが良いかですが、それは赤貧ではなく、(自称)霊能者のたぐいのかたにお尋ねになるべきです。赤貧がおもうに、まずは自分が住んでいる地域の寺社で気になるところに行き、過去に行った寺社で自分が再訪したいと思えるところに行けばよいのです。いくら近くても、手入れがまったくなされていないようなところには行くべきではありません。正月早々、お供えのコップ酒がカビていたり、お榊が枯れて倒れているようなところは、行ってはいけません。ただし、自分で掃除してお供え物をするのであれば、別です。