美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

ルカによる福音書

http://web1.kcn.jp/tombo/v2/LUKE06.html
ルカによる福音書の第6章を読み返してみる。
 
羽犬塚で酒飲みがあり、ビジホに宿泊して、翌23日の朝9時ごろ甘木に戻ってきた。顔見知りに遭遇し話をきくと、地震の影響で旦那を残し、娘と孫が戻ってきているという。
そこで終われば良かったのだが、「専業主婦は忙しいのだ」「オムコは送り届けに来たら、私たちそっちのけでごろ寝し、夕方になったら勝手に帰った。ひどい」と自己正当化にやっきになりはじめてしまい、とうとう久しぶりにおばさん相手にぶちぎれてしまった。
専業主婦は忙しいというが、専業主婦の道を選んだのは本人なのだ。夫婦は協力して家庭を維持する義務があり、結婚後の収入は2人で稼いだものとされる。そのなかで、専業主婦という役割分担を自ら選択したのですよね?という話。ダンナが疲れたと訴えたからって、(それが寿退社した元職場とはいえ)手伝いに行くことはない。自分は甘えて当然と思える神経がおかしい。
よそのダンナはこうだ、よそのダンナはこうだ、と他人と比較してガミガミ自分が言うのは問題ないが、旦那が自分をほかの女と比較するのは許さない、という主張も、理解を絶する。
自分は娘に会いに大阪に行くのはOKだが、娘も私もダンナの親が大阪に来るのは嫌というのも、むちゃくちゃな話。生理的に、他人を自分たちの城にあげたくない、というのは判らんことはないが、ダンナの人権を無視している。
人権を認めない相手が稼いできたおカネで生活するのは、簡単にいえば奴隷労働なのだが、この母娘はまともな人間なのだろうか。
たまたま久しぶりにキレて議論になっただけで、こういう発想の女性は非常に多い。
程度の差こそあれ、8割がたそうじゃないか、という気がする。
 
まあ、女性が愛するのはお金をもった奴隷であって、男が愛するのは見てくれと若さだけだと言ってしまえばそれだけのことなのだが、ねえ。
 
ふと思い出して、ルカ書の一部を読み返す。
「人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。」
「あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから。」
自分たちがオムコに抱いている不満と同じかそれ以上、向こうも不満を抱いているはずで、女と違って男はキレたら一気に突き進む。そのときに崖っぷちから落ちるのは、女のほうなのだが。

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敵を愛し、憎む者に親切にせよ。
のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。
あなたの頬(ほお)を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。
あなたに求める者には与えてやり、あなたの持ち物を奪う者からは取りもどそうとするな。
人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。

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人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。
与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。
あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから。

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