美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

厄年。

「厄年のお祓いにはいかないといけないですかね?」と知人の御子息に訊かれた。
「厄年なんか信じてはいけませんね」と即答したら、知人の奥さんがやたらと言いかえしてきた。
 
神社によくお参りするわりには、私は厄年などというものは信じていない。信じろというほうが、ムリなのだ。だから奥さんにじっくりと話をした。
 
厄年の「厄」は、漢和辞典をひけばわかるが「節目」という意味。もともと中国には、ものごとには周期があるという考えがある。太陽は朝にのぼって夕方に沈む。月は満ち欠けをくりかえす。人間も、生まれた以上は、なんらかの周期をもって人生を生きるはずだと。かれらが考えたのは今でも残っていて、干支と還暦。12年ごとに人生は節目をむかえ、60でぐるりと一周する。120から先は人間にはない。120までしか生きられない。それ以上生きるのは神だと。その思想が日本にも伝わってきたから、伝説上の人物、たとえば武内宿禰は360まで生きたとされている。このひとは神です。並の人間じゃないですということを、長生きというかたちで表現した。その発想は今も生きているから、敬老会とかを現代でもやっている。根はひとつ。
 
節目の年は、神仏も休むし自分も休むべきという思想が伝わってきた。これを「絶」という。西洋にも似たような考えがあって、神様は7日目で休息をとられる。これがいまの日曜日。つまり、節目の年は、神仏ですら休むんだからお前も休め、というのが本来の姿だったのに、なぜか日本にくると、「神仏が寝てたら誰も守ってくれないじゃないか」という意味に変化した。日本の暦では、「絶」を「仏滅」とわざわざ言いかえたし、「厄よけ」もそこからうまれた。しかも、厄年は時代と地域でどんどん変化していく。たまたま明治になって、神社関係は東京のど真ん中の風習を基準として、いま一般的とされている厄年を整理した。しかし、それに全員が従っているわけではない。ましてやお寺は神社と宗派がちがうから、言うことをきくわけもない。前厄と後厄は、大厄の前後しかとらない神社もあれば、そもそも小厄が3年おきに巡ってくるという寺もある。
お盆といっしょ。東京のど真ん中は明治で新暦になっても、そのまま7月15日をお盆とした。関西や九州では、1か月以上繰り上がると季節感がずれるから、旧暦の7月15日に近い、8月15日にお盆をやっている。厄年より大きなイベントでも、この調子。
 
厄年は数え年だ、という点でも違う。神社本庁新暦の1月1日で1歳繰り上がるというけれど、(神社本庁に所属していない)単立神社では、立春で1歳繰り上がるとしているところも多い。川崎大師のようなお寺さんに至っては、明治で新暦満年齢が基準とされたのだから、時代にあわせるべきだと満年齢を採用しているところすらある。
 
節目の年に、祈願や参拝に行くのは、正しい。おれも赤字法人の赤字社長かつ生活困窮者になるにあたって、神社に5000円で祈願してもらった。ただ、節目の年がいつかは、今のような時代に年齢で輪切りはありえない。受験だって就活だって、浪人やら転職やらすれば、年齢はずれていく。大事な節目の年なのに、厄年じゃないから祈願も参拝しないという話になりかねない。それは、教え方としておかしいんじゃないか?
 
と、ほぼ1時間近く説教した。きつい(>_<)