美風庵だより

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両筑軌道の旅

2021年7月、文章を全面的に見直しました。
両筑軌道の旅(改訂版) - 美風庵だより

廃線の旅もうやらないんですか(´・ω・`)」
という知人の熱い要望に応えて、近場ですみませんが昭和13年に廃止になった「両筑軌道」の廃線跡を調査してみました。
手持ち資料は、大正15年発行の地図(しかもその一部)のみという怪しい状況ですが、ま、出来る範囲でなんとか(^_^;
 

両筑軌道廃線跡を訪ねる旅のスタートは、甘木バスセンターからです。

昔はこんなでした。田主丸〜甘木〜秋月を結ぶ両筑軌道と、その親会社で二日市〜甘木〜杷木を結ぶ朝倉軌道がともに乗り入れる「駅」だったわけです。
「おなじ西鉄なんになんで甘木駅とバスセンター、こんなに離れてるんやろ(´・ω・`)」
と子供の頃、てくてく歩くのがきつくてよく考えたものですが、今は吸収されて両方とも西鉄になってるけれど、もともと「三井電気軌道の甘木駅」と「朝倉軌道・両筑軌道の甘木駅」という別会社がそれぞれ作った駅(片方はバス転換されてますが)だから、今もそのままになっているのですね。
 
朝倉軌道は国道386号線を走る「路面列車」でしたが、両筑軌道は甘木駅付近をのぞいては、ほぼ全線が専用軌道でした。

朝倉軌道と両筑軌道の分岐点は、現在の朝倉総合庁舎入口の交差点です。この交差点がやたらと余裕のあるつくりになってるのは、ここが鉄道の分岐点でもあったからでしょう。

大正15年の地図を見る限りでの、道路と線路の位置関係を現在の地図に表示してみました。赤が線路跡であり、青が旧道です。
つきあたりが甘鉄甘木駅の現行の道は、まだこの当時存在してません。鉄道廃止後に、改めて道路計画やりなおして付け足した道なのがよくわかりますね。
 
その後、現在の国道322号線をひたすら長谷山交差点付近まで北上します。
つか、両筑軌道の線路跡が完全に国道に転用されているため、全く形跡はありません(´・ω・`)
おそらく、路線バスのバス停のあるところに駅があったんだろうなあ……というぐらい。
 
線路と旧道の併走区間は、さきほどの地図のところから、持丸北交差点をすぎて、才田組採石場の手前のあたりまででした。
ここから、旧道は川向こうに進路をかえます。
 


旧道側の橋です。この橋自体は昭和43年に掛け替えられたっぽいですが、この橋を渡ってすぐのこの幅員が、昔はメインルートだったんだと思わせますね。
 

現行地図の上に線を書くと、こんな感じです。
青が旧道。
 

ただ、ちょっと行って旧安川村のなかに入ると、こんなふうに離合もできないくらい、せまくなる。川の反対側の線路跡を利用して、今の国道が出来たのも当然でしょうね(^_^;
 
秋月に入る手前、小石原川を渡る必要がある地点で、国道に転用された部分が終了します。 

ここから、廃線跡が姿を現します。

ここで廃線跡がいったん終了。

反対側は、製材所?の入口です。
 

この製材所?は小石原川沿いにあり、裏手にまわると、往年の橋脚の跡が残っていました。
 

ここまでの位置関係を現在の地図で確認してみましょう。青が旧道、赤が線路です。
 
で、秋月の駅跡を探すのが一苦労。
土地改良で田んぼの区画整理されちゃってるため、ほとんど跡形がない(つД`)
 
地図とにらめっこしながらなんとかここじゃないかという地点を探し当てました。
 

これです。
人家の向こうは、野鳥川沿いの秋月に向かう道。たぶん向こう側の人家のほうに駅施設があって、この扇形の土地は、乗り場に使ってたんじゃなかろうか?
 

ここから数分自転車をこいで目鏡橋です。
秋月の城下はまだまだずっと先で、こんなところを終点にしてもなあ、と思ったのですが、両筑軌道、という名前が示すとおり、将来は山越えして臼井まで乗り入れるという遠大な計画があったらしいので、そう考えるとここくらいしか駅の場所もなかったのかな、とも思ってしまいます。