美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

ちなみに。

朝倉軌道会社の詳細はウィキペディアが詳しいです。
 
wikipedia:朝倉軌道
 
あとは、こちらの記事も参考にしてください。
http://homepage1.nifty.com/pyoco3/asakura/asakura.htm
 
現存してたらねえ……。
いまごろ西鉄日田線とかになってたかもな(笑)
 
「このように許認可制度を全く気にしない朝倉軌道に対し、当局は度々書類の督促を行なったが、返信が中々来なかったり、来たはいいが必要事項が全く抜けていたりで、状況はほとんど進展しなかった。さらに、一旦ガソリンカーに改造したものの再び客車に戻された(初期試作の2両など)ものや、代用燃料である木炭ガス発生炉を無認可で取り付けたものなども登場して、混迷の度は深まっていった。当局を相手に、ここまで杜撰さを貫き通した鉄軌道会社は、日本でも希な存在であろう。」
「結局当局は、1923年以前からの車両については「調査資料不詳ニツキ会社届出ヲ正ト認メテ処理セリ」とするなど詳細な調査を諦め、1938年1月11日にガソリンカーを認可した。申請から経過した時間は4年半であり、これは日本の鉄道における最長記録である。しかも、認可こそされたが車両幅が1,830mmである問題は未だに解決しておらず、「頼むから1,680mmの図を提出して一件落着にしてくれ、の悲鳴が行間からにじみでているようだ。こんな会社との交渉はもうこりごりが本音であろう」と湯口徹が評する照会文書が送られている。この問題は、同年9月3日に「1,830mm」が誤記であったと朝倉軌道が返答したことによってようやく決着した。
このような経緯を経て、1938年6月28日になって当局はようやく朝倉軌道の車両を把握する。ただし、これも完全に正確なものではなく、特に車両番号に関しては、存在しないはずの番号が記されたガソリンカーの写真が残っており、書類には記すのが楽な番号を書いていただけではないのかとも推測されている。」

 
しかし、ウィキペディアの文章いいや。
いったいどんなのが会社経営してたんだろ……(´▽`*)