美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

9月27日の日録

けっきょく紙の本を買う。

新装版 小室直樹の学問と思想

門弟 副島隆彦さんと橋爪大三郎さんの対談集です。3回目の復刊です。

これ、最初にでたのが1992年でした。当時持ってました。

一時期、彼らに疑惑を抱いたことがあり、2008年に引っ越しの荷物をまとめるさい、ブックオフで売り飛ばしました。あれから14年後、まさかまた買うとは(笑)

iPhoneで電子版で読むのもよいのですが、バスや電車のなかは意外と明るく、最近はUVカットガラス導入にあわせて日光をさえぎるカーテンを取り付けていないものも多いため、電池がすぐ減ります。

バックライトが明るいと、バッテリの残量表示がどんどん少なくなります。しかも、思いたったら「神社めぐり」に出てGPSログ取りながら歩くため、途中、事務所かどこかで充電させてもらわないと、いちにち持ちません。

というわけで、電池残量に影響しない「紙の本」を、紀伊国屋書店の貯まったポイントで購入しました。

しかし、かんがえてみると小室門下って山田昌弘さん宮台真司さん、正しいけれど、身も蓋もない議論をするひと、ばっかりですね……。

 

間違いなく版権の問題があるのでボカシて掲載します。

こちらも紙の本で購入です。

雰囲気は伝わるとおもいますが、森薫さんの絵はいいです。こういう切れ長の目の美しい女性にののしられ踏まれシバかれた、もとい、お近づきになりたいですね……。

kyotomm.jp「乙嫁語り」は19世紀半ばの中央アジアを舞台に、イギリス人旅行者スミスが各地で出会った“乙嫁”(美しいお嫁さん)たちを描いた物語。漫画家・森薫先生が2008年より連載開始し、今なお続く人気作品です。魅力的なキャラクターとストーリー、緻密に描き込まれた美麗な作画に加え、舞台となる中央アジアの文化や生活が活き活きと表現され、幅広いファン層に支持されています。
『大乙嫁語り展』では、本作のカラー、モノクロ原稿を中心に100点以上の迫力の生原画を通して、壮大な乙嫁の世界をじっくりとお楽しみいただけます。

なんと、京都で企画展やってるそうで。

いいねぇ……(^▽^)

 

宗像市鐘崎 恵比須神社


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鐘崎地区の各町とも、港のほうを向いて恵比須神社が建てられています。

漁業の神様としてえびす様を祀ったものでしょうが、この中町区のものは鳥居が黄色(金色)に塗られ、なかなか景気のよい雰囲気です。

金メッキの大黒様とえびす様が神殿内に並べられているのも、この地区の恵比須神社共通です。

石垣に明治42年(1909年)とあり、このころに祀られはじめたものでしょうか。

福岡県神社誌:下巻387頁
[社名(御祭神)]恵比須神社(事代主神)
[社格]無格社
[住所]宗像郡岬村大字鐘崎字町
[境内社(御祭神)]記載なし。
(2022.04.07訪問)

9月26日の日録

夢のはずだが指に傷跡

夢でおどろいて起床しました。

(以下は、夢の内容です)

指にイボができています。どんどんイボが大きくなるため、えいやっ!とハサミで切り取ったら、こんどはどんどん膿がでてきます。そして、膿が出た穴の周囲がへこんで、陥没しました。

(え?なんで傷から血が出てないの?白いのばっか?おれは虫か?ゴキブリか?なに?なにこの穴?指の付け根がへっこんでる。まさか俺の身体は腐ってるのか?)

おどろいて目がさめたら、4時半過ぎ。

しかも、夢のなかで穴が開いたところだけ、赤い。

夢占い[未弐の夢事典]夢診断

◆指が切れている・怪我している…トラブル。

夢占い[未弐の夢事典]夢診断

【膿】…悩み。苦しみ。不安感。自己不信感。嫉妬。否定的な感情。

夢占い[未弐の夢事典]夢診断

【イボ(疣)】…切り取ってしまってよい不要物。自己の硬くて無感覚になった部分。

す、すこしも意味がわからない……orz

きょうの会話。

今日は、現場監督や知人事務所のかたと宗像市内でした。

さきに「神社めぐり」をして、皆さんとの合流地点まで、バスで移動しました。

現場監督から、昨日の文章について質問をいただきました。

「為替の変動ってそんなに影響するんですか?」

「はい。影響します。おおありです。

これは昨日日記にのせた金相場のチャートです。海外価格は下がってるのに、国内価格はあがっています。もし、円ドル相場が固定であれば、値動きは同じカーブを描きます。これがズレるのは、円高・円安の影響を受けるからです。

つまり、円高のときに多く積み立て、円安になったら減らすか、止める。

これだけで儲かります」

「金は儲からないとみんな言いますよね?」

「証券会社や銀行が金投資なんかしないで我々の餌食になれ、と営業しているからです。よく、株などは何十倍何千倍にもなったのに金はドルと等価であるというグラフや文章をみかけますね。あれ、どういう意味かわかりますか?」

「つまり、金を買うなら株を買って何千倍にも増やせでしょ?」

「ちがいます。可能な限りいまも米ドルと金はdollar-pegになるよう運用されているということです。金はいつの時代も超絶ハードカレンシーなのです

「だからそれが?」

「つまり、互いに裏付けがある金と米ドルは紙屑になりにくいということです。たぶん金と米ドルが紙屑になるときは、宇宙人から地球が侵略されるか、地球がぶっ壊れるような惑星と衝突したときくらいです」

「???」

「少子高齢化で働き手が減り、ジジババの年金と医療費で税収くいつぶして足らず赤字国債にたよっている国の通貨にこれから何十年後も価値があるとおもいますか?

さらにこれで台湾有事だなんだと騒いでるけど、あとはもう増税するしかない。まーだまーだ税金も社会保険料もあがります。働かなきゃ生きていけないけど、働いたらもっともっとむしられる。いずれ6公4民か7公3民か。天草の乱知ってますか?9公1民です( 一一)学校で習いませんでしたか?年貢が払えなかったら娘や嫁が拷問をうける話。

そんな衰退国家の通貨もっててもしょうがない。20年後30年後見越したら、タンス預金すらしたくないでしょ?

しかし、これをやられるとね、証券会社も銀行も儲からないからぜったいにすすめないんです。自分たちの餌食になってもらえない。

悪い政治家とか実業家が、金の延べ棒で資産隠してたりしますね。もしほんとうになんの価値もないものだったら、インフレ対策の一部として退蔵しますか?」

「つまり、運用ではなく、退蔵資産としての価値がある、と」

「米ドルは銀行とか郵便局とか、国家の許可を得た両替所でしか両替できません。資金洗浄対策が厳しいから。だが、貴金属は、多少の損を覚悟すれば、質屋で売ることもできます。いまはでかいインゴットを改鋳して税金対策するサービスもあります。海外に日本円なんか持って逃げても……」

「はいはい。台湾から祖父母が腹巻に金貨銀貨縫い付けて逃げ帰って来た話は何回も聞きました。もういいです。

で。為替の話ですね。そんなに影響するんですか?」

「では、投資信託の事例でみてみましょう。

まず、アセットマネジメントOneの「たわらノーロード先進国株式」です。私がやってるニッセイの外国株式インデックスファンドと連動対象が同じで、パフォーマンスもほとんど変わりません。

この商品には、アセットマネジメントOneらしいというか為替完全フルヘッジ版もあります」

「ぜんぜん違いますね!同じ連動対象でなんでこんなことになるんですか?」

「為替完全フルヘッジ版は、これが円安効果・円高効果をはぎとった正味ということです」

「え?3年続けないとプラスにならない?」

「現状ではそういうことですね。つまり円安パワーでゲタはいて、私たちは儲かっているということです」

「ちょっと待ってください。フルヘッジしたほうが損するなら、なんのためにあるんですか?この商品成り立たないじゃないですか」

「いま、円安だから、ヘッジしないほうが儲かるんです。かりに、かりに、世界中が日本円を買ってくれて超絶円高になったとします。1ドル1円とか。太平洋戦争開始直前は、1ドル4.5円だったそうですよ?アメリカにボロ負けして360円になり、70円になりいまは140円ですけど。140円が4.5円になったら、30分の1です」

「なるほど1ドル4.5円なんて時代がもし来たら、通常版は目も当てられない結果になりますね」

「だから、信託報酬が安いほうがいいから為替ヘッジ版は選んではいけない、と主張しているひとがいたら、思考をうたがったほうがいいのです。長期的にみれば日本は斜陽国家で円安に行くはずだから、為替ヘッジ版はいらない、といえるひとのブログやyoutubeをえらんで眺めましょう」

「そういうもんなんですね」

「(^▽^)どんどん上達してますね。いいことです。今日の夕飯はこの現場が終わったら、途中にあったスシロー行きましょう」

「あと今日、日経平均ボロボロじゃないですか。あれは?」
「一時期、円安なのに日経平均があがってたころがありますね。謎でした。ネット見てたら、円安がすすんで日本株が割安なんで、短期売り抜けねらいに爆買いが入っているという話をみまして。そういうことか、とおもったんです。

彼らは、個人の現物買いとわけがちがいますから、売りも買いもやります。為替が安定しないと、利確ができません。日本はとうとう為替操作国に堕ちてしまいましたから、おそろしくて外人が手をひけば、日経平均が下落するのは当たり前です」

「じゃあ、日本株は買わないほうがいいんですか?」

「よく行ってるお店の株主優待券が欲しかったら、年足を確認して最安値で指値いれて、じーっと待っとけばそのうち引っかかります。ダメなら2,3日おきにチェックして、少しずつ上にずらせばいいです。安く買えます。私もモスバーガーは買い戻そうとおもってるんで、年足の最安値近くで指値いれてます」

「米国株はどうですか」

「わたし大損中なんですよ(´;ω;`)ひー。政策金利アゲアゲで株は暴落、しかも日本は為替操作国に堕ちて、二重に損をしています。ただ、いつまでも為替操作ができるわけがないし、政策金利アゲアゲでどんどん落っこちれば、それから拾いにいくのはありでしょうけど。まだまだそんな時期じゃありません。

ただ、そんなに言うほど米国の個別株でどうしても欲しい銘柄ってあります?たとえばペプシ毎日飲めるなら糖尿で死んでもいいとか、ケンタッキー・フライド・チキンに埋もれて死にたいとか、ないでしょ?外国の株に興味わきます?」

「じゃあ、その持ってる銘柄ってどうやってえらんだんですか」

「配当率でソートして上から並んだ企業で、製品やサービスを聞いたことがある会社を順にピックアップ……」

「だめじゃん( 一一)ばかでしょ?」

「だから大損なんですよ(´;ω;`)ちにそー」

「あんたが7万でなんで死ぬんですか馬鹿にしてるでしょ( 一一)」

今日の運動経路(知らずに宿場町を歩く編)

今日は宗像市内でした。午後から雨の予報でした。

朝5時半に家を出て、いちど知人事務所に出て、現地近くで「神社めぐり」をすることにしました。

3号線が混んでおり、現地20分遅れで到着です。計算上10時半に反対側のバス停を出るバスに乗らないと、待ち合わせ場所に間に合いません。

今回は早足で歩きます。

曇り空ということもあってか、光のさしかたがまるで後光のようです。

現地の扁額は「八幡宮」ですが、じつは福岡県神社誌では「高淤加美神・闇淤加美神」を祀る「長尾神社」ということになっています。謎です。

次の光岡八幡宮をめざします。誉田別命こと応神天皇がまだ即位するまえに、この地に立ち寄られ、その記念にできた神社とされています。

遠目に「宗像ユリックス」がみえます。ここはなんでもある複合施設で、2回ほど親戚を送迎したことがあります。こんなところを、今日は歩いてるわけですね……。

「光岡(みつおか)」という案内が道横に建っています。さっきの場所含めてぜんぶ大字光岡(光岡地区)じゃないの?とおもいましたが、あとで地理院地図をみると、ここが大字光岡の小字光岡のようです(さっきの八幡宮の小字は長尾)。

神社は、木々が密集する黄色い枠の場所に在ります。

光岡八幡宮です。

県の天然記念物に指定されたクスノキが御神木です。iPhoneの広角カメラではおさまりません。横にすると周囲がゆがむし、縦にすると今度は広がった枝が途切れるし……。

その隣は「峯の薬師(みねのやくし)」と呼ばれるお堂です。江戸時代の文献では、隣の神社と一体で、宝満修験の修行場だったとのこと。

道を間違えてしまいました。方角がわからなくなり少し引き返して周囲をみわたすと、3号線沿いの「スシロー」の看板がみえました。スシローさんありがとう<(_ _)>

次の恵比須神社をさがしていると「唐津街道 原町」という案内板がありました。

唐津街道?

右を向くと、なんと案内板があります。

ちょっとよりみち唐津街道むなかた

赤間宿から少し進み、“筑前21宿”の次の宿場町にあたる畦町宿までの中間地が原町です。ここは、明治以降から昭和初期にかけて栄えた町で、当時は多くの商家や村役場がありました。
今では、その頃の建造物に丁寧な修理などの手入れが行われ、周囲の緑ともよく調和しながら、歴史的な街並みが守られています。
古美術商、個人美術館、個性豊かな飲食店などが並び、大正・昭和の雰囲気を残しつつ、今も町の活性化が図られている地域です。

そんなところとはつゆ知らず、いきなり現地にやってきてしまいました。

現地案内板をみると、最初にリストアップしておいた恵比須神社と原神社のほか、お大師堂やお稲荷さんもあるようです。時間制限ありますが、お大師堂やお稲荷さんにも足を伸ばしてみることにしました。

5分ほどあるくと、集落のはずれにたどり着きました。

ここでカラー舗装が終わっているので集落のはずれとわかりますが、現在はエリア外にも住宅がひろがっています。

おそらくこれがお大師様だとおもうのですが、だれかメガネ落書きしてます。大馬鹿者っているんですね。

次の幸福稲荷大明神は、明治のころに山で遊んでいた子供たちが子ギツネを捕獲して帰り、もともとお稲荷さんを信仰していたかたが子供に説教して巣まで連れ戻したところ、「町の安全は申すまでもなく家業の発展も守ってやろう」とお稲荷さんからお告げがあり、このお稲荷さんを祀るようになったとあります。

この恵比須神社は、元々は個人宅の屋敷神だったものを、地元で引き継いだとのこと。

最後の原神社は、安政2年(1855年)と意外と新しく、この原町じたいが明治~昭和初期にかけて栄えたということもあわせてかんがえると、赤間宿から次の畦町宿までの途中の休憩所(立場)から町として発展して、自分たちの神社として建てたのではないか?という気がします。

社殿横で、炭酸飲料飲んで休憩です。

発車2分前にバス停に到着しました。

今回は5.1km、1時間47分の散歩でした。