美風庵だより

幻の花散りぬ一輪冬日の中

久留米市御井町 袴着天満宮・出目天満宮


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菅公が無実の罪をはらそうと高良山を参拝した折、この場所で衣服を整えたことから名前がついたとされています。

全体的に古びて傷んでおり、鳥居も壊れて、手入れが行き届いているとは言えません。この天満宮の位置には、祇園山古墳という古墳も存在します。いずれにしても、現在の表参道からは離れた場所です。どのような経路で、高良山を参拝しようとしたのでしょうか。

祇園山古墳を越えると愛宕神社・大学稲荷神社を過ぎて神籠石に向かう山道があり、この経路を利用したのか……。

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福岡県神社誌:記載なし(発見できず?)
[社名(御祭神)]?
[社格]?
[住所]?
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.05.06訪問)

久留米市御井町 高良下宮社


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学生のころ通学途中にあったため、時折手を合わせていた神社です。

飯塚市内野 老松宮 - 美風庵だより

朝倉市上秋月 秋月八幡宮 - 美風庵だより
一段高いところに神殿があり、下々の者を並べて号令を下すための庭がある構造は、すでに秋月八幡宮飯塚市内野 老松宮でもみられたものです。この構造から、この地には相当な権力者が居たことがわかります。

現地の案内板では、高良玉垂命孝元天皇スサノオを祀る神社とされています。ところが、福岡県神社誌では高良玉垂命武内宿禰、物部胆作連命(もののべのいくい)とされているのです。この違いとは……。
福岡県神社誌を再度確認すると、中央が高良下宮社で、正面向かって右が孝元天皇(大日本根子彦国牽天皇)を祀る幸神社、左がスサノオを祀る素戔嗚神社とあります。

どうやら、中央の高良下宮社の祭神を3柱とするかどうかの違いのようです。

拝殿が渡り廊下でつながった3社の脇に、淡島神社があります。

祇園社に疫病退散を願い、医薬の神として事代主を淡島神社でお祀りしていると考えれば、元々の姿は、玉垂命、武内宿禰、物部胆作連命を祀る高良下宮と、玉垂命の父 孝元天皇を祀る幸神社という組み合わせだったはずです。

物部胆咋 - Wikipedia

物部胆作連命がどのような人物かはwikiを参照していただくとして、福岡県神社誌に記載された下宮社の御祭神3柱をどう考えるか、謎は残ります。
武内宿禰と物部胆作連命はあくまでも玉垂命の仮託先で、実際には玉垂命1柱と見るべきかどうか、または、じつはこれが玉垂宮の本当の姿で、玉垂命の左右に住吉大神八幡大神が祀られている見慣れた姿こそ、後世に上書きされた姿なのか……。

少なくとも現地の案内板の理解は、前者の玉垂命1柱説です。

初代住吉大明神 鵜葺草葺不合命(うがやふきあえず)から神器を譲られ玉垂命(筑紫君:開化天皇)に即位する縁を考えると、住吉大神が併せて祀られているのはわかります。八幡大神については、宇佐神宮の勢力下にはいる過程で押し付けられた祭祀ではないのか……。
まだまだ考えてみないとなんとも言えませんが、高良下宮社は玉垂宮の歴史を知る鍵のひとつなのは、間違いなさそうです。
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福岡県神社誌:中巻161頁
[社名(御祭神)]高良下宮社(高良玉垂命、物部膽作連命、武内宿禰
[社格]村社
[住所]三井郡御井町字麓
[境内社(御祭神)]素戔嗚神社(素戔嗚神)、幸神社(大日本根子彦国牽天皇)、天満神社(菅原神)
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(2020.05.06訪問)

7月27日の日録

【本日の所持金:29,232円】

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シャワーヘッドの根元を外して、毎日、ホースの中のお湯を抜くようにしていました。そんなことをしていたためか、ネジ山がなくなってしまい、とうとうホースにはまらなくなってしまいました。

2008年に引っ越してきたときには、すでにユニットバスに装着されていたので、このマンションが出来たときから取り付けられていたのでしょう。

最初は、えらくお湯が手に漏れてくる、と思いました。はめ方が悪かったのかと触ると、ずぽ、という音ともにとれ、二度とはまりません。よく見ると完全にネジ山が丸くなっています。

近所のホームセンターやTOTOの直販サイト、amazonを確認すると、いちばんamazonが安かったので、注文しました。

日焼けの黄ばみが、12年間使った証なのでしょうね……。



 

久留米市御井町 琴平神社


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豊臣秀吉が布陣した城跡に建立された琴平神社です。現地の案内板は豊臣秀吉が陣を張った吉見嶽城に関するもので、琴平神社については触れられていません。
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御井町誌 第二章 府中・街道とその周辺 2-4

享保二年(一七一七)にはお神幸も復活し、高良山は信仰の山として平和な時代を過すのである。大学稲荷が建てられ、放生池がつくられた。熱心な信者によって琴平神社(吉見嶽)ができ、俳人芭蕉を偲んで桃青霊社が建立される。吉見獄の永世和平の碑は、当時、府中と阿志岐村との間で争われた土地の権利について、和議が成立したことを記録したものである。 このようにして、高良山明治新政府が発令した「神仏分離令」の渦難に見舞われるまで、筑後一円の文化の中心となるのである。
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御井町誌を確認するとこのような記述があり、江戸時代に創建されたものであることがわかります。

 (注)福岡県神社誌については、本社である高良大社分の内容を掲載します。
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福岡県神社誌:上巻51頁
[社名(御祭神)]高良神社(高良玉垂命八幡大神住吉大神
[社格]国幣大社
[住所]三井郡御井高良山
[摂社(御祭神)]高良御子神社(朝日豊盛命、暮日豊盛命、斯礼賀志命、渕上命、谿上命、那男美命、坂本命、安志奇命、安楽応寶秘命)、豊比咩神社(豊玉姫命
[末社(御祭神)]真根子神社(壱岐真根子命)、印鑰神社(高良神社の印鑰)、稲荷神社(倉稲魂命)、愛宕神社(加具土命)、御祖神社(天照大神)、天満神社菅原道真公)、八幡神社応神天皇)、琴平神社大国主命崇徳天皇)、厳島神社市杵島姫命)、水分神社(水分神)、味水御井神社(水波能売神)
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(2020.05.06訪問)

7月26日の日録

【本日の所持金:29,232円】

生活困窮者です。

宇垣美里、シースルーで肌見せドレス姿「スケスケ」「美しすぎて尊い」 | ORICON NEWS

https://twitter.com/minorikawana?lang=ja

齢50が近くなって言うことではありませんが、最近、じつはこの手の顔が好みなのではないかと思いはじめてきました。

昨日、仕事と病院から戻る途中、コンビニに立ち寄ったら、なかなかかわいい店員さんが居ます。

誰に似てるんだっけ?としばらく考えて、思い出しました。

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10年以上むかし、以前の仕事場で支給された長靴をずっと使っていました。先日、大雨警報でいまの仕事場の出先に待機することとなり、久しぶりに履くと、中が濡れます。長靴なのに、濡れます。

どうしたことだろう?と思っていたのですが、その数日後、町内会の関係で使用したとき、はっきりと側面にひびが入っているのを見つけました。経年劣化のようです。

さすがにこれでは使い物にならないため、新しく、月星化成の長靴を購入しました。

最初「薄くてソフトな使い心地の物」をお店で勧められたのにはビックリしました。丈夫じゃないといけない長靴が「ソフト?」「薄い?」とは?お店の方に、ふつうの長靴を出してもらいました。安心の月星化成の製品です。中国製ですが。また10年くらい使えるといいですね。

 

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天気予報が各社で異なり、曇りのところもあれば、時々雨となっているところもあります。念のため雨具をバックパックに詰めて、自転車で神社めぐりを行いました。

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NHKの全国放送で放映されていた片の瀬橋付近は、水は引いたものの、さすがに自転車道の掃除までは手が回らないようで、泥が積もっていました。手前の駐車場では、家族連れ?団体?がバーベキューを楽しんでいます。日常が戻ってきた部分もあれば、爪痕が生々しく残っている部分もあり、まだ7月7日の大雨から3週間経っていないことをあらためて感じます。

大城橋方面へ向かうのを諦め、当初考えていた順番と逆に、先に久留米市草野町吉木地区の若宮八幡宮から訪問することにしました。

久留米市立大橋小学校の手前、土地改良された四角の田んぼがずらりと並んでいるのですが、あきらかに稲が直立していません。この辺り、どうやら巨勢川が溢れて浸かったようです。

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JR久大本線の踏切手前辺りで、耳納山地に怪しい雲がみえてきました。ぽつぽつと、小雨が落ち始めます。念のため雨具を持ってきてよかったと思いつつ、しばらく走っていくと温い風と冷たい風が交互に吹き付け、だらだらと汗がしたたりはじめました。湿度があがってきて、汗が乾かなくなってきた証拠です。

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若宮八幡宮に向かう途中、坂がきつくなり、自転車を押して現地に向かいます。

果樹園の合間から、草野(吉木地区)の町並みがよく見えます。ブログの題材用に、自転車を停めて一枚撮影したところで、目に火花が飛び、頭痛がしはじめ、その場で転びました。さいわい、自転車はスタンドを下ろしていましたから荷物の散乱はまぬがれましたが、起き上がれません。吐き気がします。熱射病です。

熱射病の鉄則は、日陰に連れて行って、水をかけて身体を冷やすことです。

日陰もなければ、かける水もありません。あるのはペットボトルのコーヒーだけです。そんな量で身体は冷えません。とにかく座って、耳鳴りがやむのを待つよりほかはなく、近くの石垣に腰かけてじっとします。

今回、えらく帰り着くまでに時間がかかっているのは、ここでかなりの時間を消費しているからです。しかたがありませんね……。

めまいが落ち着き、舗装された道をあがっていくと、久留米市草木町吉木地区の若宮八幡宮の駐車場でした。椅子があるのをみつけてここでさらに休憩しました。

 

いちおう予定どおり9か所訪問しましたが、頭痛と耳鳴りがするなかでの神社訪問はなかなか厳しいものがありました。文章にするまえに再訪するところが出てくるかもしれません。

 

小雨がパラついたり、止んだりを繰り返すなか、なんとか善導寺まで帰り着くと、本格的に降ってきました。シャッターが閉まっている軒先を借りて、雨具を上だけ着込みます。

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善導寺から北野町にかかる歩道橋(加月食堂のあたり)で、一枚撮影してみました。

このあとずっと降りっぱなしのなか、12kmほど走ったことになります。

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帰宅して雨具を含めて着ていたものをぜんぶエマールで洗い、靴は脱臭を兼ねて重曹を溶かして洗い、ベランダの物干し台にひっかけて干します。

行きも帰りもエライ目にあった今回の神社めぐりでした。ひと眠りしてポツンと一軒家を見てから、さっそく文章にまとめることにしました。